テラーノベル
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手は震えていた。
机に置かれていた白い封筒。
自分と元貴の名前。
嫌な予感しかしないのに、
開けないなんてできなかった。
「……っ」
ゆっくり封を開ける。
中には、涼ちゃんの字。
見慣れた字。
それだけで喉が詰まる。
『ごめんね』
最初の一文を見た瞬間、
若井の視界が滲んだ。
『最後まで言えなくてごめん』
『2人といる時間、本当に幸せだった』
『もっと一緒に音楽したかった』
文字を追うたび、
胸が苦しくなる。
「……っ」
なんで。
なんで言わなかったんだよ。
昨日だって、
普通に“また明日”って——
その時。
スマホが震えた。
『元貴』
若井は反射的に通話を取る。
『もしもし?』
元貴の声。
『若井?』
「……」
声が出ない。
ベッドの上の涼ちゃんが視界に入るたび、
頭が真っ白になる。
『……おい、若井?』
「……」
『着いた?』
返事ができない。
喉が潰れたみたいに苦しい。
『……何』
元貴の声が少し強くなる。
『なんか言えって』
「……」
若井は口を開く。
でも、
息しか漏れない。
『若井』
元貴が何度も呼ぶ。
『おい』
『どうした』
『涼ちゃんいるんだろ?』
その言葉で、
若井の中の何かが崩れた。
「……っ」
涙が落ちる。
呼吸が震える。
『若井!?』
「……りょう、ちゃん……」
掠れた声。
『……え』
「……息、してない……」
涙声だった。
「……っ、涼ちゃん……息してない……っ」
電話の向こうが、一瞬無音になる。
『……は』
元貴の声が止まる。
理解を拒否するみたいに。
「……返事、しない……っ」
若井は震える手で涼ちゃんの肩を掴む。
「……起きない……っ」
『……っ、』
向こうで息を飲む音。
それから、
『嘘だろ』
掠れた声。
『……嘘って言えよ、若井』
でも、
若井は何も返せなかった。
静かな部屋の中で、
押し殺した泣き声だけが響いていた。
『今行くからっ!!』
元貴はほとんど叫ぶように言って、
そのまま電話を切った。
若井はスマホを握ったまま動けなかった。
「……」
静かな部屋。
カーテンが少し揺れる音だけが聞こえる。
ベッドの上の 涼ちゃん。
眠ってるみたいに静かな顔。
「……っ」
若井はゆっくりベッドへ座り込む。
信じられなかった。
昨日まで普通に話していたのに。
“また明日”
そう言ったのに。
「……なんでだよ」
震える声が漏れる。
若井はそっと涼ちゃんの手を掴む。
まだ少しだけ温かい。
それが余計につらかった。
「……起きろって」
小さく呟く。
「……涼ちゃん」
返事はない。
若井は耐えきれなくなったみたいに、
そのままベッドへ倒れ込む。
涼ちゃんの隣。
腕を離したくなくて、
ぎゅっと掴んだまま。
「……っ」
涙が止まらない。
苦しい。
後悔ばっかりだった。
なんで気づけなかった。
なんで昨日会いに行かなかった。
なんで“また明日”なんて普通に言った。
「……っ、」
若井は顔を覆う。
でも、
どれだけ泣いても、
涼ちゃんは動かない。
⸻
どれくらい経ったのか。
玄関が乱暴に開く音がした。
「若井!!」
元貴の声。
荒い呼吸。
走ってきたのが分かる。
「……っ」
元貴は部屋へ入った瞬間、
足を止めた。
ベッド。
その隣に寝転がる若井。
涼ちゃんの腕を掴んだまま、
ぼろぼろに泣いている。
「……」
元貴の顔から血の気が引く。
ゆっくり視線が涼ちゃんへ向く。
静かな顔。
あまりにも、
いつも通り眠ってるみたいで。
「……っ」
元貴の喉が詰まる。
「……涼ちゃん?」
返事なんてない。
「……おい」
近づいても、
動かない。
部屋の静けさが、
それを現実に変えていく。
「……っ」
元貴はその場で崩れるように座り込んだ。
若井は涙声のまま、
「……ごめん……」
何度も呟いていた。
「……俺、気づけなかった……っ」
「……救急車呼ぶ」
元貴が震える手でスマホを掴む。
呼吸もまともにできていない。
「まだ分かんねぇだろ……っ」
番号を押そうとした、その時。
「……待って」
若井止めた。
ベッドの横に座り込んだまま、
涼ちゃんの手を両手で包むように握っていた。
まるで少しでも冷たくならないようにするみたいに。
「……若井」
「……涼ちゃん、多分」
声が震える。
それでも必死に言葉を繋ぐ。
「……嫌だと思う」
「は……?」
元貴の目が揺れる。
若井は涙を拭うこともせず、
涼ちゃんの顔を見たまま話し続けた。
「前に言ってた」
「病院の音とか匂いとか、苦手だって」
元貴は何も言えない。
若井は静かに続ける。
⸻
昔、
夜中に2人で歩いて帰っていた時。
若井が冗談っぽく、
「健康診断くらいちゃんと行けよ」
って言ったことがあった。
すると涼ちゃんは珍しく、
少しだけ顔を曇らせた。
「……病院、あんま好きじゃない」
「なんで?」
「小さい頃入院しててさ」
苦笑しながら言う。
「ずっと消毒の匂いするし」
「機械の音鳴ってるし」
「眠れないし」
その時の涼ちゃんは、
本当に嫌そうだった。
若井が「へぇ」って笑っていると、
涼ちゃんは少し黙ったあと、
ぽつりと言った。
「俺、痛いのほんと苦手なんだよね」
困ったみたいに笑って。
「注射も嫌いだし」
「なんか体に色々つけられるの怖い笑」
すると涼ちゃんは少し空を見上げて、
困ったように笑う。
「もし最後の時が来るなら」
「俺、静かなとこがいいな」
「ちゃんと自分の部屋で」
「好きな匂いの中で眠りたい」
「……怖いまま終わりたくない」
その時は冗談みたいに聞こえた。
だから若井も、
「何その話」って笑って流した。
でも。
今なら分かる。
あれは、
ずっと抱えてた本音だった。
その言葉を、
若井は今になって思い出してしまった。
⸻
「……だから」
若井の声が崩れる。
「……今ここで」
「また怖い思いさせるの……嫌だ……っ」
涙がぽたぽた落ちる。
「涼ちゃん、やっと眠れたみたいな顔してんだよ……っ」
元貴はスマホを握ったまま動けない。
助けたい。
まだ間に合ってほしい。
でも、
ベッドの上の涼ちゃんは、
苦しそうな顔じゃなかった。
静かで、
穏やかで、
ようやく全部から解放されたみたいな顔だった。
若井はその手を握りながら、
小さく震える声で呟く。
「……もう頑張らなくていいから……」
それからしばらく、
誰も動けなかった。
時計の針の音だけが、
静かな部屋に小さく響いている。
元貴は机の上の遺書を見つめながら、
何度も目を閉じていた。
現実感なんてない。
昨日まで普通に話していた声が、
まだ耳に残っている。
それなのに、
もう返事は返ってこない。
ふとベッドを見る。
そこには、
涼ちゃんの隣に身体を寄せるように寝転がっている若井がいた。
まるで、
みんなで一緒に寝た夜みたいに。
若井は涼ちゃんの腕を抱きしめたまま、
顔を肩に埋めている。
離れたくないみたいに。
「……っ」
肩が小さく震えていた。
時々息が詰まったみたいな音が漏れる。
でも、
若井は涼ちゃんから離れない。
元貴はその姿を見て、
胸が締め付けられる。
「……若井」
小さく呼ぶ。
返事はない。
若井はただ、
涼ちゃんの冷たくなり始めた手を指先で撫でていた。
「……起きる気するんだけど」
「……いつもみたいにさ」
笑って、
「若井重い」って言われそうで。
その言葉に、
元貴の目にもまた涙が滲む。
静かな部屋。
綺麗に片付いた空間。
そして、
ベッドの上で寄り添う2人。
若井は涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、
涼ちゃんの髪をそっと撫でた。
「……ちゃんと寝れてるじゃん」
震える声。
「……最近ずっと寝れてなかったくせに……」
その優しい言葉が、
余計に苦しかった。
「……」
「……若井」
しばらくして、元貴が小さく呼ぶ。
若井は反応しない。
ただ、
涼ちゃんの手を握る力だけが少し強くなる。
「……冷たくなる」
「……っ」
若井の肩が震える。
「……だから」
元貴も涙を堪えながら続ける。
「……ちゃんと、送ってやろう」
「……」
若井はしばらく俯いたままだった。
でも、
ゆっくり頷く。
「……うん」
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