TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
シェアするシェアする
報告する


「子供の頃は、この髪と瞳《め》の色を恨んだものさ」


と、黄良は自身の境遇を語った。


母親は、妓生《キーセン》だった。


都でも一、二を争う置屋《みせ》に、籍を置いていた。


そして、その置屋の売れっ子が、春香の母親だった。もちろん、春香は、産まれておらず。

二十代前半、花の蕾は開いたばかりで、妖しい芳香を漂わせるがごとく勢いある妓生だったらしい。

一方、黄良の母親は妓生としては、やや、年季が入っていた。


春香の母に比べれば、瑞々しさは失われていたが、その分、落ちつきがあるとそれなりに、客がついていたのだという。


が……。


ある時、官庁より密かな命が置屋へ下った。


異国の客をもてなすようにと。


そして、西方《せいほう》からやって来た商人が、官吏に連れられ、出入りする事になる。


いわゆる、接待だ。


しかし、相手は忌み嫌われる、西方の者。


その尖った鼻先、赤い髪の色という風貌から、まるで、禽《とり》か、獣かと、人扱いされていなかったのだ。


とはいえ、その時、お上は重要な取引をしていた。


もちろん、下々は、その様な事情など知る由もない。


置屋に禽獣《きんじゅう》が出入りしていると噂になり、客足が途絶えた。


店主は、お上に訴えたが、当然、相手にされず。とにかく、女を用意しろと言うばかりだった。


そして、思案の末、黄良の母へ白羽の矢が当たった。


小さな屋敷を借り入れ、其処に住まわせ、客を通わせたのだ。


思いの外商談は長引き、そして、客は、幾度か自国と朝鮮国を行き来する。


その度に、黄良の母の屋敷で過ごす事になるのだが、禽獣とみくだされる相手でも、男女のこと。いつしか、情が移っていった。


傍目にも、二人は仲睦まじく見えたという。


そして、黄良が産まれた。


父親である西方人は、喜んだというが、自国には自身の家族があった。


一方、黄良の母は、妓生。その子供は、妓生に──、男ならば、妓夫として、置屋で働く掟に縛られていた。


自由にならない身の上に、二人は涙した。結局、黄良は母と二人、残されてしまう。


掟は掟だと、常に母親に言い聞かされて、黄良は置屋の子供、下働きとして働くことになる。


西方と朝鮮との合の子と、陰口を叩かれ、そして、その、父親譲りの瞳の色を、気味が悪いと罵られ、結局、禽獣、扱いされた。


確かに、半分は、そうかもしれない。だが、残りの半分は、皆と同じなのだ。


禽獣呼ばわりされると、黄良は、暴れた。


そのたびに、置屋の男達に縛られ殴られ、痛い目に遭わされた。


母親は、ひたすら頭を下げるが、いかんせん、その頃には、もう、客が付く年頃でもなく、まして、禽獣に囲われていた女と、色眼鏡で見られては、仕事らしい仕事もできず、足手まといになっていた。


そんなとき、春香の母に、高官の旦那がついた。そして、水揚げした春香の母親は、自分の下女という名目で、黄良の母親を雇い入れ、親子揃って暮らせるように、手をさしのべた。


後に、その高官の故郷である、南原へ共に移ることになるのだが、結局、夫の高官に先立たれてしまった春香の母親は、南原で再び妓生へ復活する。


正しくは、自分の置屋を持ったのだが、田舎のこと。これはと言った娘も見当たらず、仕方なく、妓生の世界へ戻ったのだった。


すでに産まれていた春香は、黄良の母親に芸を仕込まれた。


高官の血を引いていようが、母親は、再び、妓生になった。


妓生の子は、妓生──。


その掟という、呪縛は、誰にも解くことができない。


ただ、旦那を見つけ、水揚げするか、金の力で妓籍から抜けるか。の、どちらしかない。


どうあれ、目立てば客の目に留まり、金を手にする事ができる。この世界から抜け出すこともできる。


そう母親に言われ続け、春香は、ひたすら芸を磨いた。


黄良は春香がどのような形であれ、一人立ちできるように、母親と共に支えた──。


そして、今がある。


「都じゃー、禽獣を見慣れていたが、ここいらじゃー、それも、今より昔と来たら、顔を見たとたん、逃げだされるわ、石を投げつけられるわ、都よりも、散々だった……。だが、春香がいたからな。俺が一人立ち出来るように、色々、手を貸してくれたものさ」


黄良は、さらりと他人事のように、夢龍へ過去を語った。


それに引き換え、自分は──。


裏切られた、とはいえ、何があった訳でもない。ただ、若君ぶって、女達の前で朗読していれば良いだけだ。


そのお膳立ても、すべて、黄良が行ってくれている。


恵まれている……のか。それとも……。


夢龍は、惑う。


だが、弦をつま弾き、幽玄な音を生み出している春香の側に、じっと控えていることしか、今の夢龍には、出来なかった。

この作品はいかがでしたか?

40

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚