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「子供の頃は、この髪と瞳《め》の色を恨んだものさ」
と、黄良は自身の境遇を語った。
母親は、妓生《キーセン》だった。
都でも一、二を争う置屋《みせ》に、籍を置いていた。
そして、その置屋の売れっ子が、春香の母親だった。もちろん、春香は、産まれておらず。
二十代前半、花の蕾は開いたばかりで、妖しい芳香を漂わせるがごとく勢いある妓生だったらしい。
一方、黄良の母親は妓生としては、やや、年季が入っていた。
春香の母に比べれば、瑞々しさは失われていたが、その分、落ちつきがあるとそれなりに、客がついていたのだという。
が……。
ある時、官庁より密かな命が置屋へ下った。
異国の客をもてなすようにと。
そして、西方《せいほう》からやって来た商人が、官吏に連れられ、出入りする事になる。
いわゆる、接待だ。
しかし、相手は忌み嫌われる、西方の者。
その尖った鼻先、赤い髪の色という風貌から、まるで、禽《とり》か、獣かと、人扱いされていなかったのだ。
とはいえ、その時、お上は重要な取引をしていた。
もちろん、下々は、その様な事情など知る由もない。
置屋に禽獣《きんじゅう》が出入りしていると噂になり、客足が途絶えた。
店主は、お上に訴えたが、当然、相手にされず。とにかく、女を用意しろと言うばかりだった。
そして、思案の末、黄良の母へ白羽の矢が当たった。
小さな屋敷を借り入れ、其処に住まわせ、客を通わせたのだ。
思いの外商談は長引き、そして、客は、幾度か自国と朝鮮国を行き来する。
その度に、黄良の母の屋敷で過ごす事になるのだが、禽獣とみくだされる相手でも、男女のこと。いつしか、情が移っていった。
傍目にも、二人は仲睦まじく見えたという。
そして、黄良が産まれた。
父親である西方人は、喜んだというが、自国には自身の家族があった。
一方、黄良の母は、妓生。その子供は、妓生に──、男ならば、妓夫として、置屋で働く掟に縛られていた。
自由にならない身の上に、二人は涙した。結局、黄良は母と二人、残されてしまう。
掟は掟だと、常に母親に言い聞かされて、黄良は置屋の子供、下働きとして働くことになる。
西方と朝鮮との合の子と、陰口を叩かれ、そして、その、父親譲りの瞳の色を、気味が悪いと罵られ、結局、禽獣、扱いされた。
確かに、半分は、そうかもしれない。だが、残りの半分は、皆と同じなのだ。
禽獣呼ばわりされると、黄良は、暴れた。
そのたびに、置屋の男達に縛られ殴られ、痛い目に遭わされた。
母親は、ひたすら頭を下げるが、いかんせん、その頃には、もう、客が付く年頃でもなく、まして、禽獣に囲われていた女と、色眼鏡で見られては、仕事らしい仕事もできず、足手まといになっていた。
そんなとき、春香の母に、高官の旦那がついた。そして、水揚げした春香の母親は、自分の下女という名目で、黄良の母親を雇い入れ、親子揃って暮らせるように、手をさしのべた。
後に、その高官の故郷である、南原へ共に移ることになるのだが、結局、夫の高官に先立たれてしまった春香の母親は、南原で再び妓生へ復活する。
正しくは、自分の置屋を持ったのだが、田舎のこと。これはと言った娘も見当たらず、仕方なく、妓生の世界へ戻ったのだった。
すでに産まれていた春香は、黄良の母親に芸を仕込まれた。
高官の血を引いていようが、母親は、再び、妓生になった。
妓生の子は、妓生──。
その掟という、呪縛は、誰にも解くことができない。
ただ、旦那を見つけ、水揚げするか、金の力で妓籍から抜けるか。の、どちらしかない。
どうあれ、目立てば客の目に留まり、金を手にする事ができる。この世界から抜け出すこともできる。
そう母親に言われ続け、春香は、ひたすら芸を磨いた。
黄良は春香がどのような形であれ、一人立ちできるように、母親と共に支えた──。
そして、今がある。
「都じゃー、禽獣を見慣れていたが、ここいらじゃー、それも、今より昔と来たら、顔を見たとたん、逃げだされるわ、石を投げつけられるわ、都よりも、散々だった……。だが、春香がいたからな。俺が一人立ち出来るように、色々、手を貸してくれたものさ」
黄良は、さらりと他人事のように、夢龍へ過去を語った。
それに引き換え、自分は──。
裏切られた、とはいえ、何があった訳でもない。ただ、若君ぶって、女達の前で朗読していれば良いだけだ。
そのお膳立ても、すべて、黄良が行ってくれている。
恵まれている……のか。それとも……。
夢龍は、惑う。
だが、弦をつま弾き、幽玄な音を生み出している春香の側に、じっと控えていることしか、今の夢龍には、出来なかった。