すまんが──。と、夢龍は、言った。
店、である土間で着替える事に抵抗があったのだ。
入り口は開け放たれ、戸板はあるにはあるが、使われた形跡が感じられない。開けっ広げの場所で、他人の黄良を前にして、着替える事は夢龍には苦痛だった。
「どこか、部屋を貸してもらえないか?」
夢龍の言葉に、黄良は一瞬目を見張り、
「おめぇ、ほんとに、お坊ちゃんなんだなぁ」
と、あきれ声を出した。
「しかたねぇ。着いてきな」
言われるままに、夢龍は黄良を追った。
その後ろ姿は、面倒臭いと、言いたげに肩を揺らしている。
ほら、と、示されたのは、裏庭、なのだろう所で、仕入れた物が入っていたような木箱が散乱していたり、薪が積み上げられたり、雑多な物置場所になっていた。
「ここなら、誰もいやしねぇ、それとも、今度は、外は嫌だと言い張るか?」
店は、宿も兼ねている。部屋は客のものだと、黄良は言い捨て、店へ戻った。
確かに、と、夢龍は思う。
今の自分には、これがお似合いなのだと。
言われたように、お坊ちゃんでよかろうと。
下手に、パンジャの真似をした、自分が急に恥ずかしくなった。そんなことをしなくとも、素のままのほうが都の放蕩息子、と信じてもらえる。要らぬ詮索を受けないだろうから、ますます都合が良い話しなのだ。
とにかく、着替えようと思い、濡れてまとわりつく上衣を縫いだ所で、夢龍は気が付いた。
着替えを持って来ていない。
「ほらよっ、まったく、何のために、俺が用意したんだか」
黄良が、忘れてきた着替えを投げつけて来た。
「まさか、一人で、着替えられねぇって、ことはないよな」
と、無造作に投げつけられた着替えを受け止める夢龍へ、問いただす。
「それぐらいは、できる」
「いや、良かった、おれは、春香と合流しなきゃなんねー、これ以上、手間はかけさせないでくれ」
からかい半分に、言いながら包みを差し出して来る。
「店の残り物だ、よかったら、食べな。それから、今夜はここに泊まればいい。俺たちと一緒の大部屋ってのは、また、どうこう言うだろうから、そこの馬小屋で、休め。馬と一緒は嫌だとか、ごねるなよ」
黄良の顔つきは、先程と比べると随分柔らかくなっていた。
つまり、夢龍への警戒心は、薄らいだということだろう。
これならば、きっと、ここで雇われて、春香とやらの下で働くことになる。
あの女は、妓生《キーセン》だ。
様々な屋敷へ呼ばれる。もちろん、南原府使、下学徒の所へも。
この土地では、何も起こっていない。問題は、ない。
そう分かってはいるが、夢龍は、真実を知りたくなっていた。
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