テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
第八章 闇が還る月夜
第四話 変わらない距離
噴水の音が心地良く響く、静かな中庭。
気付けば、太陽はすっかり頭上へ近づいていた。
アクセルは騎士団の業務と皇帝への報告があると言い、先に中庭を後にした。
そして。
「ほなオレら、ちょっと休んでくるわ……」
ラスタが欠伸を噛み殺しながら、ひらひらと手を振る。
「流石に明け方まで起きとったんは、しんどいわ」
「……同感だ」
クロードも珍しく疲れた顔で、小さく息を吐いた。
「また後で合流しよう」
そう言い残し、二人は城の中へ戻っていく。
その背中を見送ると、ふいに静寂が落ちた。
残されたジオととサフィアン。
さっきまで賑やかだった中庭が、急に広く感じる。
風が吹き、木々が揺れる音が静かに耳に響いていた。
「…………」
「…………」
気まずい。
サフィアンは頭を掻いた。
何か言わいといけない気がする。
でも、言葉が出てこない。
ちらりと隣を見る。
ジオは俯いたまま、噴水の水面を見つめていた。
その切ない横顔がいつもより儚く映り、胸がぎゅっと痛む。
白いローブが風に揺れた。
ーージオは今、何を考えてるんだろ……
これまでなら、こんな沈黙は無かった。
喧嘩した後でも、いつの間にか適当に話して、笑って、すぐいつも通りに戻っていたはずだ。
なのに、今は互いに距離が分からない。
その空気が少しだけ苦しかった。
やがて
「……ちょっと歩かない?」
サフィアンがぽつりと言う。
ジオがゆっくり顔を上げた。
少し迷ってから、小さく頷く。
二人は並んで歩き出した。
石畳の道。
咲き始めた花。
噴水の水音。
帝国の中庭は、まるで別世界みたいに綺麗だった。
「……広いな」
サフィアンが空を見上げる。
「ラディスじゃ考えらないな」
「うん」
ジオも頷いた。
しばらく、ゆっくり歩く。
再び沈黙。
けれど、さっきほど苦しくはない。
そして中庭の隅に、大きな一本の木を見つける。
その瞬間。
「あ」
サフィアンが笑った。
「なんか、昔の秘密基地思い出すな」
ジオが少し目を瞬く。
それから、ふっと表情を緩めた。
「……あそこ、狭かったよね」
#ファンタジー
comi
4,781
#恋愛
ばたっちゅ
20,117
7
coco🌹🫶
20
「狭かった」
サフィアンが吹き出す。
「二人で入ったらぎゅうぎゅうだったな」
「サフィが無駄に色んなもん持ち込むから」
「なんだよそれ!」
少しだけ、空気が軽くなる。
ジオも小さく笑っていた。
サフィアンはその横顔を見る。
やっぱり、こうして笑ってる方が、ずっといい。
「覚えてる?」
サフィアンが懐かしそうに言う。
「秘密基地作る時、お前めっちゃ張り切ってただろ」
「……サフィが、絶対必要って言ったから」
「いや実際必要だっただろ」
「途中で屋根崩れたけど」
「それはお前が変な位置に作るからだ!」
「サフィも一緒に潰れてた」
「……そうだったな」
二人同時に笑う。
その瞬間だけ、昔へ戻れた気がした。
けれどふと、サフィアンの表情が少し曇る。
「……なぁ」
ジオが顔を上げる。
サフィアンは少し迷った。
それでも、聞かずにはいられなかった。
「お前……どっか行くつもりだったのか?」
風が止む。
ジオの身体が、ぴくりと揺れた。
黒い瞳を逸らす。
「…………」
すぐには答えない。
それだけで、答えみたいだった。
サフィアンの胸が痛む。
「……やっぱり」
掠れた声。
「なんとなく……わかってたよ」
青い瞳が苦しそうに伏せられる。
「旅の途中から、ジオが俺に、何か言えないことがあるの」
ジオは小さく唇を噛む。
サフィアンはいつだって、無理に聞こうとしない。
自分が話すまで待っていてくれる。
その優しさが、ジオの胸を締め付ける。
「だって……」
苦しそうな声だった。
「サフィには……知られたくなかった」
声が震える。
「もし知ってしまったら、きっと、同じではいられない……」
「俺がいると魔物も増えるし」
「また、昨日みたいになるかもしれない」
「だから、いずれ離れないといけないって……」
「……勝手に決めんなよ……!」
押し殺した声だった。
ジオがびくりと肩を震わせる。
サフィアンは拳を握り締めた。
「オレ、一回でも言ったか?」
「…………」
「危ないから離れるとか、そんなの……」
声が揺れる。
怒り。
寂しさ。
いなくなる恐怖。
様々な感情が渦巻き、胸の奥が熱い。
「お前が勝手に全部決めて……」
「一人になるとか……」
そこで言葉が途切れる。
ジオの瞳が大きく揺れた。
「オレが、絶対に、許さん」
青く強い瞳が、ジオに真っ直ぐ向けられる。
そしてサフィアンは深く息を吐き、少し困ったように笑う。
「……まあ、オレもまだ整理できてないんだけどな」
正直な声だった。
「月蝕の子とか、世界とか、よくわからない」
「でも」
柔らかい、でも真っ直ぐな眼差し。
「お前がジオなのは、何も変わらないだろ」
静かな言葉。
その言葉が、ジオの乾いた心をじんわりと温かく潤していく。
喉が、小さく震える。
再び零れそうな涙を、必死に堪える。
ーーああ、やっぱりサフィは……
何も、変わらないでいてくれる。
するとサフィアンはその黒髪を、いつもみたいにくしゃりと撫でた。
「……あとでまた飯食いに行こう」
わざと軽い声。
「帝国の飯、まだ食い足りない」
その瞬間。
ジオが堪えきれなかったように、小さく吹き出した。
「……食べ過ぎ」
「成長期なんだよ」
「もう十分大きい」
「なんだそれ!」
笑い声が、静かな中庭へ溶けていく。
陽の光の下、そこには、昔と変わらない距離の二人の影が落ちていた。
コメント
1件
第20話、読み終えました……いやもう、もうね。中庭の沈黙から始まる空気が本当にリアルで、胸がギュッと締め付けられました。特に「もし知ってしまったら、同じではいられない」っていうジオの震える声……ここ、本当に苦しかったです。でもサフィアンの「お前がジオなのは、何も変わらないだろ」っていう言葉が全部を救ってくれました。あの秘密基地の思い出話から、最後の「飯食いに行こう」の軽い口調への流れ、泣き笑いでした……素敵な距離感でした。