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第6話「ヨウムの夜」
夜9時過ぎ。風間琴葉は、町外れの図書館に立ち寄った。
そこには週に2回だけ開く、夜の時間帯の“ことばカフェ”という読書スペースがある。コーヒーを片手に、自由に本を読んでいい場所。そこにいる、ひとりの司書の青年が、ずっと気になっていた。
灰色のタートルネックに、静かな雰囲気をまとった青年。
銀髪をなでつけた前髪が片目にかかり、瞳は深く落ち着いた鉛色。肩には赤い羽根のような模様が入ったカーディガンを羽織っていて、指先には常に手袋をしている。
彼はいつも、先に誰かが言ったことを繰り返す。
「お疲れさまでした」
「お疲れさまでした」
「コーヒー、もう一杯いいですか?」
「コーヒー、もう一杯いいですか」
決して、彼自身のことばを語らない。まるで記録装置のような存在。
その夜、琴葉が何気なく口にした。
「……疲れたな。なんでこんな日ばっかり」
その直後、静かだった彼がぽつりとつぶやいた。
「疲れたな。なんでこんな日ばっかり」
琴葉は驚いて彼を見つめた。
「……まねしないでよ、そういうの」
「……うん」
彼の声は、いつもと同じ響き。でも、少しだけ震えていた。
翌週、琴葉は思いきって訊いた。
「あなた、本当に言葉をまねしてるだけなの?」
彼はゆっくり首を横に振った。
「本当は、言葉がこわい。言いすぎて失ったことがある。でも……君の言葉は、きれいだったから、残したかった」
そして、小さく笑った。
「君の“疲れた”は、泣きたそうな声だったから、忘れたくなかった」
そのとき、琴葉ははじめて気づく。
彼は「ことばを記録する鳥」じゃない。
「誰かの言葉を大切にする、やさしい人」だったのだ。
「なら、次は自分の言葉を言ってみて」
琴葉がそう促すと、彼はほんの少しの沈黙のあと、こう言った。
「また、来てくれる?」
それは——たしかに彼自身の声だった。