テラーノベル
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窓の外は、闇に浮かぶ真っ白な世界。
吹雪に晒された薄い窓ガラスが、ガタガタと大きな音を立てて小刻みに揺れる。
畳の香りが消え去った、八畳間を二つ繋げた古びた和室。
「こんな突然に。まだお若いのに……」
「ご主人の会社、以前から危なかったって。この景気じゃね……」
「過労死……会社に殺されたようなものね。まだお子さんもお金が掛かる時期なのに……奥さんもお気の毒に」
ハンカチを片手にすすり泣く声が聞こえる中、後ろから喪服を着た見知らぬ大人たちのひそひそ話が聞こえてくる。
まるで買い物袋をぶら下げ、玄関先で世間話をしているような光景だった。
そして私の隣には、正座をする兄の姿。
兄は項垂れるように目を伏せ、膝の上に置いた手で黒い制服の生地を掴んでいた。
放心状態のまま棺の前に座り込む母。
「お母さん……」
小さな背中に、無意識に震える手を伸ばした。
その瞬間――
「亜紀ちゃん……亜紀ちゃんもお父さんにお別れを言ってきなさい……」
母方の叔父が、ぽんと私の肩に手を置いた。
前屈みになった胸元で、セーラー服の真っ白なリボンが微かに揺れる。
「え……お父さんに、お別れ……?」
肩に置かれた叔父の手を見つめ、掛けられた言葉をそのまま問い返した。
私は再び正面へ視線を戻す。
木目が不気味に映る棺。
寂しげな菊に囲まれた写真には、昨夜も晩酌をしながら、
『亜紀、早く寝ろよ。朝起きられなくて、また母さんに叱られるぞ』
そう言って静かに笑った父の顔があった。
え……?
お父さん……
……どうして?
どうしてそんな所にいるの?
「お父さん……お父さんっ!」
――お父さん……
「お父さん!」
掠れた声が喉の奥から漏れた。
飛び起きた拍子に、薄手の綿毛布がするりと体から滑り落ちる。
ドクドクと身体中を駆け巡る不快な拍動。
「やだ……またこの夢。しばらく見てなかったのに……」
額に滲む汗。
背中と首筋にも冷たく湿った感触が残っている。
「あれからもう十八年も経つのに……」
手のひらで額の汗を拭った。
セミダブルのベッドが二つ並ぶ、夜明け前の静かな部屋。
ベッドサイドのオレンジ色の灯りが、ぼんやりと暗闇を照らしている。
体を起こした腰の辺りに、本の硬い角が当たっていることに気づき、身を捩った。
そうか……論文を読みながら、いつの間にか寝ちゃったんだ。
大きく息を吐き、本にしおりを挟んで台の上に置く。
視線を隣のベッドへ移した。
「……まだ帰ってないのか。宮坂先生、今日も緊急オペですか? それとも……」
皮肉を込めた苦笑いが浮かぶ。
「仕事もプライベートも充実していらっしゃるようで何よりですわ。旦那さま」
ベッドから立ち上がり、床にずり落ちた毛布を拾い上げる。
そのままベッドへ放り投げると、パジャマのボタンを外しながらシャワールームへ向かった。
――宮坂亜紀、三十三歳。
職業、大学附属病院の循環器内科医。
五年前に同僚の医師と結婚した。
循環器外科医の夫は、週の半分が午前様の帰宅になるほど何かと忙しい。
そう、「何かと」忙しいらしい。
互いに多忙な毎日。
すれ違いの生活。
子供にも恵まれず、最後にセックスをしたのがいつだったのかさえ思い出せない。
そんな記憶は、とうに捨ててしまった。
何も変えようとしないお互いの意識。
同棲?
同居人?
夫婦である意味さえ分からなくなる。
それが、私たち夫婦の虚しい現状だった――。
コメント
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みぅです🥀 2話、読ませてもらいました。 父の葬儀の記憶と、18年後の虚しい日常が重なる描き方、すごく染みました。同じベッドルームなのに、あの頃の「家族を失う痛み」と、今の「夫婦のすれ違い」が二重に響いてくる…「旦那さま」って皮肉を込めた呼び方、胸がぎゅっとなりました。 亜紀先生の静かな諦めと、まだどこかで父が笑っていた頃を覚えている心の温度。さくらさん、本当に繊細な人を描くのが上手いですね。次が気になります。 #枯れた華 #大人の恋って難しい