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「ははは」
「笑ってないで教えてよ」
「別れさせ屋を使うっていうのは、ほんとうなんだ。からくりを教える」
天魔は無邪気に笑った。時々私をからかって、楽しそうにするのよね。
その名の通り、天使でもあり悪魔でもある。
「旦那と愛人のふたりで新宿を歩かせる。そこをチンピラに襲わせるって算段なんだ。旦那が理咲を見捨てて逃げた後、俺が助ける」
「すごい筋書きね。でも、見捨てて逃げたりするかしら? 仮にも女性を置いて逃げるなんて」
「置いて逃げるよ。賭けてもいい」
「そんな、さすがにそれはないよ……」
いくらクズでもそれはないでしょう……と、思いたい。
「ま、だいたいこれでふたりは別れるんだよ。だってチンピラに襲われて、女は置いて行かれるんだ。そんな男、どんなイケメンでも愛情冷めるだろ」
「確かに」
涼二もそうなのかな。筋書き通りに行って欲しい所ではあるけれど、男であって欲しい。
「で、その様子は沙耶に見てもらおう。あいつらが血相変える姿見たら、心がすっとするだろ?」
「そんなオプションまで付けてくれるの!? ありがとう! 見たい!!」
「言うと思った」
天魔はきっと私のことを気に入ってくれたのね。だからすごく協力的なんだ。嬉しい。相棒に認められたと思ってもいいのかな。
「決行は週末。お楽しみに」
ワインを飲みながら、楽しそうに天魔が笑った。
食えない男ね。つくづく味方でよかったと思った。
※
早くも週末、いよいよ涼二と愛人の理咲を別れさせる日がやってきた。
私は巻きで仕事を終え、早めに退勤して家に戻り、涼二のGPSを確認した。現在時刻は午後七時。既に天魔が配置したチンピラたちが駅で涼二と理咲を待ち伏せしている。
今日は隠しカメラで撮影した映像を飛ばしてみせてくれる算段となっている。開いたノートパソコンのモニターには、ちょうど西部新宿駅の広場が映っている。涼二もここにいる。
(あっ……)
暫く画面を見つめていると、SNSの画面上でいつも見ている理咲と、夫の涼二のふたりの姿が映った。正面からではなく横からの図。それでも一気に心臓が跳ね上がった。
天魔は本気で彼らを追いかけ、これから罠にかける――
さすがに離れているので音声までは聞こえないが、彼らが足早に歩きだした。どこかに入るつもりなのだろう。
角を曲がったところで、ドン、と派手に相手の方から理咲にぶつかっていき、わざと彼女にぶつかった彼の方が派手に転んだ。カメラを仕込んでいる人物は近くにいるようで、ここから音声がしっかりと入ってきた。
「いってぇ~! オイこらどこに目ぇ付けてんだよ!」
そんな巨体が華奢な女性にぶつかっただけで転ぶなんてとても思えないけれど、理咲たちにとってはこれから惨劇が始まると思うと笑えてくる。
「そ、そんな……あなたの方からぶつかってきたのに……」
理咲はすでに涙目だ。どうしよう、と涼二に助けを求める視線を送りつけている。
「なんじゃコラこっちが悪いのか?」
「あ、あのそういうわけでは……」
「ちょっと顔貸せ」
うまく誘導して路地の隅に連れていく。
「どう責任とってくれんの? 腕も足も、かなり痛いんだけど。折れちゃったかもね~」
刈り上げ頭が特徴のチンピラが理咲に凄む。涼二も別の男に捕まって逃げられない。かなり怯えた表情をしている。
「せ、責任と言われましても……」
「ま、誠意を見せてくれたらいいんだ。誠意を」
「お、お金なんか持ってません」
「ん? お金なんて言ってないんだけど」
チンピラはあくまでも友好的に凄んでいる。理咲は目に涙をいっぱいため、リョウたん助けて、と言っている。
「ぼ、僕はぶつかっていないので!」
あーあ。なにその言葉。男としても最低ね、涼二は。
また、私の中で彼への愛情が冷めた。愛人に同情はしないけど、ハズレくじを掴んでしまった彼女に感謝したい。
だって理咲のおかげで、涼二が心底クズだってわかったんだから。
もはやこんなクズがどうなっても、私の心は傷つかない。
「お前が犠牲になるか、女置いていくか、どっちにする?」
理咲は目を見開き、涼二を見つめた。
「僕、関係ないから……!」
気づけば涼二はひとりで走り出した。実質、理咲を置いて逃げたのだ!
思わず口元を押さえて目を開いた。
涼二……アンタ、最低にもほどがあるよ。仮にも女性をひとり放置して逃げ出すなんて。
これ、もし理咲が私だったと仮定したら、置き去りにされていたってことよね。
ぜったい、許さない!
女性をなんだと思っているの!!
理咲のことなのに自分がされたみたいに感情移入して、バン、と丸めた拳でテーブルを叩いたところで気が付いた。天魔は「置いて逃げるよ。賭けてもいい」と確かに言った。
こうなることは、最初から彼はわかっていたのね。涼二が最低のクズだからこそ、地獄を見させようとしてくれているのだ。
そうよ。不妊を隠して責任を私に押し付ける最低なヤツなんだから、自分が一番かわいいのは当たり前なのよ。
天魔は涼二の狡いところを見抜いていたんだわ。
私もまだまだね。もっと無情にならなきゃ。彼に地獄の絶望を味合わせてやらなきゃ――
「おい、待て!!」
男たちが追いかけようとした、その瞬間。
「なにをしているんだ!」
白ジャケットの姿の男が現れ、理咲とチンピラの間に割って入った。
「っ……誰だお前は!」
「彼女の知人です。これ以上手を出すのなら、こちらも法的手段を取りますが」
スマートで冷静な物腰。だけど、言葉の端々に鋭さと威圧がある。彼は、投資家・神原新次郎に変装した天魔だ。理咲を守るように立っている。
「今、あなたがたが彼女を脅していた映像、しっかり撮りました。今から警察に――」
「ちょっと遊んでただけだよッ」
男たちはぶつぶつと文句を言いながら、天魔の凄んだ目を見て素直に引き下がって散った。
「神原さん……」理咲が息を飲んだ。
「大丈夫でしたか?」
「は、はい……ありがとうございます……」
ポロポロと涙を流している理咲を抱き寄せ、背中をトントンして慰めた。
これで拭いてください、とハンカチまで差し出している。
これは堕ちる。しかも置き去りにされた後だから、なおさら。
天魔――……ほんとうにすごい。あなたは正真正銘のプロの別れさせ屋よ。
柏木さくら
4,634
煉彩
235
さぶれ-SABURE-
641
澪
218
コメント
1件
さぶれさん、こんばんは。今夜は第7話「別れさせ屋のやり方(1)」。第25話ということなので連載中ですね。 読み終えてまず思ったのは……涼二、人間として終わってる😇 理咲を置いて走り出す瞬間、鳥肌が立ちました。いくら何でもあれはないよ。 でも主人公が「もはや私の心は傷つかない」って冷めていく感覚、すごくリアルで…胸がぎゅっとなりました。 ラストの天魔の登場シーン、完璧なタイミングでかっこよかったです🥀 理咲が堕ちる伏線としても機能してて、さすがプロって感じです。続きが気になります🌙