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昔は、良かった。紗奈《さな》と呼ばれていたあの頃。自由奔放に屋敷を闊歩しておれた、あの頃。
今は、上野と名を改め、女房として仕えているが、紗奈であった頃の同僚というべき、女房達は、皆、屋敷を去っていた。
守近の計らいで、それなりの相手と縁組したのだ。
ただ、一人、橘と呼ばれていた
女房が、残っているが、こちらも、家庭を持ち、お役からは引いている。
手先の器用さと勘の良さから、染め殿《どの》と呼ばれる工房に、住《すまい》を置いて、主達の衣装に仕立てる生地の染色を任されていた。
そして、今では、大納言の地位についた守近を目当に、各家から女房もどきが送られて来ている訳で、屋敷の裏方は、自然、ギスギスした空気が漂っている。
「常春《つねはる》様の、今宵のご予定はどうなのかしら?」
「あら、あなた、大納言様の方が良いと言っていたではありませんか?」
「えー!ご嫡男の守満《もりみつ》様を狙っていたんじゃありませんこと?」
「それで、上野様は、いつ出て行かれるの?もう、殿方がお決まりなのでしょ?」
女が集まれば、結局、男《こい》の話になるのは必須。こうして、天敵を追い出そうと、結託するのも、世の常。
主人を見送った後の、他愛ない話とやらが、上野は、一番苦手だった。
守近の正妻、北の方──、徳子《なりこ》は、身重。久方ぶりの懐妊の為、身体《からだ》の事を考え、朝の見送りは守近の命で、控えている。
自然、裏方への目配りも遠のき、そこにつけこんだ若輩女房達のやりたい放題という、やや、荒れた状態に陥っていた。
「それとも、守恵子《もりえこ》様に着いて行かれるつもりかしら?」
ああ、そうだったわね。と、一同は、含み笑う。