テラーノベル
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ここまで指し伸ばした手だけを前にして、俯(うつむ)きっ放しだったラマスは顔を上げたと同時に、周囲の様子を見回して感嘆の叫びを上げるのであった。
彼女の瞳に映っていたのは広大な草原であった。
丈の低い草が繁茂しているだけでなく、色とりどりの小さな花を着けた可愛らしいワイルドフラワーが月光の下で美しく咲き誇り競い合う、野趣あふれる競演の舞台だったのである。
元来、ここは低木や広葉樹が林立した森であった。
ここに近い場所に住居をあてがわれたレイブたちスリーマンセルが伐採、と言うよりは根ごと抜き捲って薪(たきぎ)の材とした事で穴だらけの平地と化してしまったエリアである。
まあ、開いた穴は彼等の排泄物や養殖所からの廃棄物の捨て場所として便利に使用してきた為に、既に平らに均(なら)されていたし、それらの箇所は他の場所よりも美しく花々が咲き乱れているのだが……
とにかく……
草原の中央付近には月明かりに浮かんだ漆黒の豚猪と巨大なトナカイの影が見える。
近くには大きな焚き火と、それに架けられた大鍋、注意深く鼻を利かせれば既に完成間近かであろう、乾燥野菜と干し肉、近隣で取れる野生の根菜を煮込んだシチューの優しげな香りも感じられた。
ペトラの得意料理である。
どうやら彼女も新たな家族を歓迎してくれているらしい。
そう確信を得たレイブは、片手に取ったラマスの|掌《てのひら》を一際強く握り締めて、満面の笑みを浮かべて焚き火に近付いて行くのであった。
『うふふふ、準備したご飯はスッカリ平らげられちゃったわね、どう? エバンガ、ラマス、カタボラ、足りたかしら?』
ペトラの問い掛けに元気に答えるスリーマンセルの声はこうである。
「は、はい叔母様! とっても美味しかったです、ってかこんなに美味しい物を食べたの初めてかもしれない、ですぅ……」
『ガァ、マンゾクマンゾクゥ!』
『アタシも充分過ぎるほど頂きましたわ、干草だけでも良かったのですが味見させていただいたシチューもとても美味しくて大満足致しましたぁ…… まあ、舌は今も痛くて仕方が無いのですけれどぉ……』
どうやらトナカイの魔獣は思いの外(ほか)味覚が鋭かったらしく、結構な火傷を負わせてしまったらしい、所謂(いわゆる)猫舌ってヤツだ。
とは言え、額面通り受け止めるならば概(おおむ)ね満足、美味しかったと言う事らしいので自慢の手料理を振舞ったペトラは満足そうな表情である。
ラマスのスリーマンセルでは最年長のエバンガが目尻を困惑したように下げて言葉を続ける。
『ですが、ペトラ様もギレスラ様、レイブ様までも余りお食べになって居られなかったのでは無いですか? もしやアタシ達に食べさせる為に我慢をさせてしまっていたのでは? だとしたら申し訳無い事ですぅ……』
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