食べ物の匂いが室内に充満していて、思わずお腹が鳴りそうになる。慣れない人混みや慣れない場所に怯えてるようだった春華も、次第に元気を取り戻す。キョロキョロと辺りを見渡すと、春華は一つの店舗を指差す。
「あのお店で食べたい!」
それは有名なハンバーガーのチェーン店だった。脂っこいものが多く、春華の体にも良くないかもしれない。
「本当にあの店がいいの?もっと体に良いのにしない?うどんとかあるよ。」
僕の言葉に春華は首を横に振る。これ以上は言ってもしかたがないため、僕は春華と列に並ぶ。
「普段は病院のご飯だから、こうゆう時くらい体に悪いもの食べたいの。」
そんな事を話していると、すぐに僕たちの順番がやって来た。僕はすでに決めていた商品を注文する。春華はまだ決まっていなかったようで、メニューをじーっと見つめている。しばらく考えた後、春華は僕と同じものを注文した。離れたところで少し待っていると、すぐに注文の品ができた。さすがチェーン店だな、と僕は1人心の中で言う。そんな僕を急かすように、春華は先に席を探しに歩いて行く。僕が追いついた時には春華は既に席についていて、僕は対面に座る。持っていた袋からハンバーガーを取り出すと、顔が期待に満ち満ちている春華に手渡す。すると春華は恐る恐る包み紙を剥がすと、ハンバーガーを一口齧る。顔一面の期待が喜びに変わっていく。
「初めて食べたけど、これ凄く美味しい。油が多いはずなのにいくらでも食べれそう。」
そう言い終わるや否や、春華は再度齧り付く。そんな春華が微笑ましくて、僕はつい見入ってしまう。
「夏輝は食べないの?こんなに美味しいのに。」
その言葉に僕は我に返る。見入っていたことを誤魔化すように僕はハンバーガーに齧り付く。そのままよく噛まないまま飲み込むと、ジュースで押し流す。かなりお腹が苦しかった。
「夏輝はそんなにハンバーガー好きなんだね。あ、私にもジュースちょうだい。」
能天気に言う春華に僕はオレンジジュースを手渡す。半分になったハンバーガーを一度置くと、春華は味わうようにゆっくりと飲んだ。食事が一段落ついたため、僕は春華に聞きたかった事を聞く。
「春華はどうすれば雪が止まると思う?」
その言葉に春華は少しむせる。ゆっくりと息を整えると春華は答えた。
「温める……とかは?」
あまりに突破な答えに僕は面食らう。そんな僕を見て、慌てて春華は取り繕うように続ける。
「い、いやだって本当に雪を止めようとしてるなんて思わないじゃん。いまだに目処も立たないし。夏輝は優しいから私の冗談に乗ってくれてるだけだと思ったんだもん。」
吃驚するほど早口で春華は言う。その様子に僕は思わず笑ってしまう。すると春華はじとーっと睨みつけるような目で僕を見る。
「じゃあ夏輝は何か案があるの?」
僕は堂々と答えた。
「ないよ!」
視線の粘度が上がる。これは良くない。僕は怒られる前に続きを口にした。
「今はないけど、さっき雪が弱くなったのは僕らの行動が原因だと思ってる。だからその行動が何だったのかわかればどうにかできると思うんだ。」
僕の言葉に春華は考え込む。僕も同じように今日の行動を振り返る。その時ぼそっと春華が呟いた。
「向日葵……。」
春華を見ると、彼女は視線を斜め下に向けて、自信なさげにしていた。僕が目で続きを催促すると、観念したのか続きを話し始めた。
「雪が弱くなる前に、私たちは向日葵を花瓶に活けたから、もしかしたらそれかなーって。」
思ったんだけど……。しだいに声が小さくなっていく。春華は恥ずかしそうに食事の続きを始めた。それを見ながら僕は考える。この異常気象が起きた時、国は全力で原因を特定しようとした。しかし、どんなに頑張っても原因の特定には至らず、今日を迎えている。もし、その原因が向日葵にあると言うのなら、国が原因を見つからなかった事にも納得がいく。誰が異常気象の原因が向日葵にあると考えたりするだろうか。試してみる価値はあるかもしれない。僕は言う。
「次は向日葵のある場所に行こうか。」
食べ終わった春華が目を見張るのがわかる。少し黙り込んだ後、春華は言った。
「夏輝は本当に向日葵が原因だと思ってるの?」
春華は少し伏し目がちになる。なんだか少し不安そうにも見えるその姿に少し引っかかる。
「絶対そうだとは思ってないよ。ただ、その可能性くらいはあるかなと思ってる。」
春華を刺激しないようできるだけ優しげに僕は答える。春華はゆっくりと顔を上げた。しかし、目が合わないように視線を横にズラしている。しばらくそのままの状態が続いていたが、か細い小さな声で春華は言った。
「それなら、黄金ヒマワリ園に行きたい。あそこなら向日葵があるし、ついでに遊園地にも寄れるから。一緒に行きたい。」
黄金ヒマワリ園は、町外れにある広い向日葵畑だ。いつも夏になると大輪の花が咲き乱れ、それはそれは美しい景色が見られる。この町の観光名所の一つだ。しかし、ここからだとかなり距離がある。僕の逡巡に気がついたのか、気まずそうに春華は言う。
「やっぱり、遠い所は難しいよね。ごめん我儘言って。夏輝が決めて良いよ。」
その言葉に僕は答える。
「それじゃあ僕が黄金ヒマワリ園に行きたいから春華も一緒に来てよ。」
春華の顔に驚きが溢れる。しかしすぐに喜びに変わっていった。やっぱり僕は単純だ。春華の笑顔が見たい、それだけの為に多少の無茶はできてしまう。春華は椅子から立ち上がると振り向いて、僕を急かす。それを答えるように僕は立ち上がる。目指すは黄金ヒマワリ園。僕たちは進んで行く。
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続きが楽しみです!
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