「……と、いうことでな」
皆、車座になって、時優《じゆう》の話に耳を傾けている。
「わかってくれたようだなぁ。私は、学徒とは、相反する派閥の者。そろそろ、新たに暗行御史《アメンオサ》が、任命される頃合いだろうと、仲間が、探りを入れておったのだが、なんと、翁林《おうりん》殿のご子息だと知ってなぁ。是非にと、南原府使の座を手にいれたのよ」
領議政──、摂政を、誤魔化すのに、袖の下のキツかったこと。などと、時優は、ごちているが、黄良と智安《ちあん》は、顔を見合わせ、他の手下達は、ただ、ぽかんとしている。
「ああ、少々、難しかったか。いや、そんなことは、ないだろう?それよりも、もしかして、翁林殿のことを、知らぬとか?」
ああ、なんてこった、と、時優は、首を振っている。
「いや、覚えているさ。あんな、名君、忘れるはずがない」
黄良が、言った。
「ああ、確かに。まあ、ちいと、融通の効かない所はあったけどね、あの方が、赴任されていた間、ここいらは、裕福だった。年貢を、適正に取られ、秤《はかり》に、細工をしていないか、商人を厳しく取り締まったからね。まあ、こっちは、やりにくかった、けど、結局は、正しく荷が動き、回り回って、皆が、得をする、そうゆう、公平な時代だった……」
智安は、目を細め、懐かしそうに遠くをのぞんだ。
おお、そうさ、翁林様が南原府使の時は、住みやすかった。街も栄えて、皆、笑って暮らせてた──。
手下達も、頷いて、こんな裏家業に足を突っ込む必要もなかったと、口々に呟く。
「こんな裏家業で、悪かったねぇ、笑わせるな!」
突っ伏していた春香が、むくりと、起き上がり、胡乱《うろん》げな目で、時優を見る。
「おっ、親方が、お目覚めだぞ」
酒のせいで、しどけなさを漂わせる春香を、時優は、皆の前で、からかった。
「なんだってぇー!」
「おいおい、春香、あんまり。食ってかかると、この旦那に捕まるぞ」
黄良も、春香へ、ちょっかいを出した。
「はん!捕まるも何も、あんた、学徒に、捕まってたんだろ?!」
笑わせるなっと、ぼやきながら、春香は、再び、机《たく》に、崩れんだ。
「そうだ、あんた、御託を並べてくれるけど、結局、どうゆうことなんだい?」
「はあ、そちらの姐さんも、なかなか、手厳しいな」
ふっと、智安へ笑うと、時優は、訳を語り始める。
「……つまり、暗行御史《アメンオサ》に、期待してたと」
「ああ、そうだ。暗行御史《アメンオサ》が、任命された。それも、翁林殿のご子息とならば、おそらくは、南原を視察されるだろうと、読んだのだ。学徒が治めてからは、乱れきっている土地だからな」
「いや、しかし、あんた、良くそこまで調べたなあ、暗行御史《アメンオサ》は、密使だろう?」
黄良は、目を丸くしている。
「ああ、こちらも、政変を起こしたい、その、一心さ。とは聞こえが良いが、つまりは、我らの派閥を台頭させる、と、それだけのことよ」
「……で、政敵とバレて学徒に捕まった?」
時優を見る智安の目は、どこか、キツいものに変わっている。
「あー、そうではなく、私も、いや、仲間も多少あせった。これは、良い機会だと思い、私が、先走りしすぎたのだ。先にここへ、入って、夢龍様が、現れたらば、即刻、新南原府使として、学徒を共に捕らえようとしてね」
身分をかくして、南原へ潜入したが、たちまち、不審者として、投獄されてしまった。まあ、暗行御史《アメンオサ》が現れる、と、腹をくくって、その時を待っていたのだと、時優は皆に白状した。
「なんでぇーー、つかえねぇ、男だなぁーーー!」
皆は、呆れ返るが、黄良は、眉を潜めている。
「……なあ……どうゆうことだ?夢龍が、どうして、そこで出てくる?あいつ、何者なんだ?」
いぶかしむ黄良とは裏腹に、おやっと、智安は呟き、春香を見る。
「……夢龍……」
声を落とし、春香は、その名を呼ぶと、すっくと、立ち上がる。
「あーあー、とどのつまり、夢龍ですか、はぁ、あの色男め」
春香の様子に、黄良が、ふんと鼻で笑った。
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