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「参加者番号31を見捨てることになります」
男の言葉が部屋に落ちた。
俺は思わず聞き返す。
「どういう意味だ」
男は静かにファイルへ手を置く。
「組織は今夜、31番を”回収”します」
「この名簿を警察へ渡せば、全国で同時に動いている拠点を押さえられる可能性があります」
「ですが、その準備には時間がかかる」
「その間に31番は連れ去られるでしょう」
俺は言葉を失った。
美咲が男をにらむ。
「31番を助けてから名簿を渡ればいい」
男は首を横に振る。
「無理です」
「一度でも組織が異変に気づけば、この名簿は価値を失います」
静かな声だった。
だからこそ現実味があった。
「じゃあ……」
俺は拳を握る。
「31番を見捨てれば、大勢を助けられるってことか」
男は何も答えない。
その沈黙が答えだった。
部屋に時計の秒針だけが響く。
カチ。
カチ。
カチ。
「悠真」
美咲が俺を見る。
その目は揺れていた。
答えを求めている。
俺も同じだった。
正解なんて分からない。
その時だった。
机の上の固定電話が鳴る。
突然だった。
男の顔色が変わる。
「……早すぎる」
受話器を取る。
何も話さない。
数秒後。
ゆっくり受話器を戻した。
「見つかりました」
「何が?」
「この場所です」
その瞬間。
ビルの外から車のブレーキ音が響く。
一台。
二台。
三台。
窓の外に黒いワゴン車が止まる。
「まずい!」
美咲がカーテンを閉める。
男は迷わずファイルを俺へ押し出した。
「持って行ってください」
「あなたは?」
俺が聞く。
男は少しだけ笑う。
「誰かが残らないと」
その笑顔は、不思議なくらい穏やかだった。
「時間を稼ぎます」
「そんなことしたら!」
「家族がいます」
男はぽつりと言った。
「だから、終わらせたいんです」
その一言で分かった。
この人も、組織の被害者なんだ。
ドンッ!
入口のドアが大きく揺れる。
「開けろ!」
怒鳴り声。
もう時間がない。
男は非常口を指差した。
「廊下の突き当たりです」
「走ってください」
ドンッ!!
二度目の衝撃。
ドアの蝶番が悲鳴を上げる。
美咲が俺の腕をつかむ。
「悠真!」
俺はファイルを見る。
男を見る。
足が動かない。
「行ってください」
男は笑った。
「あなたが止まったら、Rも私も無駄になります」
その言葉が胸に刺さる。
俺は唇を噛んだ。
「……ありがとう」
それしか言えなかった。
俺と美咲は非常口へ走る。
背後で三度目の衝撃音。
そして――
バキッ!!
ドアが壊れる音がビル中に響いた。
階段を駆け下りる。
その時。
上の階から、男の叫び声が聞こえた。
続いて。
静寂。
俺は振り返ろうとした。
でも美咲が強く腕を引く。
「ダメ!」
「今は生きることだけ考えて!」
俺は前を向いた。
ファイルを抱えたまま。
歯を食いしばって走り続けた。
(第三十七話へ続く)
コメント
1件
第36話「天秤」、読み終わりました……。重い、でもすごく良いお話でした。 「一人を見捨てれば大勢を助けられる」という究極の選択、そして男の人が「家族がいます」って言った瞬間、ああこの人も組織の被害者なんだって一気に心がつかまれました。時計の秒針の音だけが響く静けさと、突然の電話、ドアを壊す音の対比が本当に緊張感があって、息を詰めて読みました。 「あなたが止まったら、Rも私も無駄になります」――この言葉、胸に残ります。美咲の「今は生きることだけ考えて!」も、重い決断の中での一筋の光でした。 続き、気になりますね。男の人は無事なのでしょうか……次話も楽しみにしています🌷