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焚き火の前には串に刺された肉が炙られており、美味しそうな匂いを漂わせている。
先程俺が倒した、巨大蜘蛛、燃える鳥、デカいトカゲを解体したものだ。
しばらくして、焦げ目がついたところで串を手に取り、三種類の肉を順番に食べていく。
「うん、巨大蜘蛛の味は知っていたが、燃える鳥もトカゲの肉も美味いもんだ」
俺が味の評価をすると、焚火の向こうで膝を抱えて座っていたアリサと視線があった。
「信じられないわよ。フェニックスとドラゴンとデッドリースパイダーを瞬殺するなんて」
先程戦っていたモンスターの名前のようだ。
確かに燃える鳥はフェニックスだと言われて気付く、でかいトカゲもそう言われればそんな気もする。
これは、現実世界での創作物に対するイメージが強いのだろう。実際に目の当りにしたところで連想できるほどには似ていない。
普段アニメなどで摂取しているぶんデフォルメが効いているからリアルな造形だと気付かない。
「その上、それを焼いて食べる何て……」
「そうは言うが、放っておけば腐ってしまうんだから、倒したのなら責任をもって食べる事こそが獲物に対する礼儀ではないか?」
余った肉に関しても放っておくつもりはない。俺は肉を食べながらアリサを見る。
「それで、アリサはどうしてここにきた? まさか偶然じゃないんだろ?」
俺を見た時の発言といい目的があってのことなのはわかる。沈黙していると食事が味気なくなるので聞いてみた。
「あんたを探しにきたのよ!!」
アリサはそう言って詰め寄ると、綺麗な瞳を俺に向けてくる。
炎で照り返すオレンジの瞳、近付いたことでアリサの端正な顔立ちがはっきりと見える。
「俺を? 何で?」
俺とアリサは一度取引をしただけの間柄。わざわざ探される用などないはず。
「行方不明になってたから! 私が渡した魔導剣のせいかもしれないと思ったのよ」
アリサの説明が理解できず首を傾げると、彼女も言葉足らずと思ったのか言葉を続ける。
「ほら、魔力を吸うと気絶すると言ったでしょ? あんたが倒れて死んでるんじゃないかと思って……」
確かに最初は魔力を吸われて気絶しそうになったが、慣れれば平気なものだ。
アリサは俺がここで行方不明という事で、倒れたんじゃないかと心配してみせた。
説明されてみれば納得するのだが……。俺はアリサの顔をまじまじと観察する。
「な、何よ?」
彼女は俺から離れると顔を背け、髪を指で弄り始めた。
「アリサはイイ女だな」
「は、はぁ!?」
行方不明リストに俺の名前があったから心配になったらしいが、普通は取引が終わった相手をそこまで気に掛けない。
ましてや、生死の確認の為、馬で一週間もかかるこのような僻地まで来るなど絶対にしないだろう。
彼女の顔には打算も嘘も一切なく、心の底から俺を心配してくれていたのが伝わる。
俺が彼女に感謝の気持ちを持ち、優しい目で見ていると……。
「それより、何で山籠りなんてしてるわけ?」
無事ならば何故戻ってこなかったのかを気にし始めた。
「実は一ヶ月前にとある貴族と揉めたら根に持たれてな。ここでの依頼にかこつけてそこの洞窟に閉じ込められたから、そのまま住み着くことにしたんだ」
「えっと……ちょと何言ってるかわからない」
眉間に右手を乗せ俺の言葉の意味を解釈しようとするアリサ。
「貴族の雇った人間に罠に嵌められたからそのままユング樹海に居ついた。そういう訳ね?」
「そうそう」
流石アリサ、理解が早い。
「この、モンスターがそこら中を歩いてる場所に? ありえないしっ!」
ところが一転して大声を出す。
「あんた、ユング樹海のこと知らなかったの?」
「あー、何か面倒な場所ということくらいは知っているぞ」
依頼を請ける際、やたらと持ち上げられたし、他の冒険者も遠目に「まじか?」という視線を送って来ていた。
「世界樹の膝元の樹海で危険なモンスターがウヨウヨいる! 魔法を使える人間でも余程のことがなきゃ近寄らないわよ!」
「なるほど、そう言う場所なのか」
通りで戦ったモンスターが強いわけだ。
「ここに来るなんて自殺者か、後ろ暗い人間くらいよ!」
確かにおびき出された理由はとても表立って言えるようなものではない。
「なるほど、そうだったのか!」
殺す為に都合が良い場所だったと気付く。
「そんなところで生き延びてたなんて、いえ、そもそもあんた何者なのよ?」
アリサには正直に話しても良いだろう。
「俺は異世界から召喚されたんだよ」
「あー、なるほどね。異世界人ならぶっ飛んだ行動してもそりゃそうか……」
何やら不本意な評価をされた気がする。俺は極めて常識的な行動を心掛けているつもりなのだが……。
「とにかく、街に帰りましょう」
アリサは俺の手を引くと、帰ろうと誘ってくる。
「んーでも、貴族に命狙われるのもなー」
モンスターは力でねじ伏せればよいが、人間社会は暴力で解決できないことが多いので面倒くさい。
「私が守ってあげるから」
アリサはそう言うと俺に優しい目を向けてきた。
「それに、その貴族とは無関係でもないしね」
意外だ、ヘンイタ男爵と知り合いとは。もしかして……。
「言っとくけど何もされてませんからね?」
アリサは俺が何を感がているのか見抜いたらしい。もし俺があの変態貴族なら絶対にアリサに手を出す。これ程の美少女を前にあの芋男爵が我慢できるはずがない。
その辺が気になったのだが、
「私も痛烈に反撃したの。そのせいで官職に追いやられたんだけどね」
自分の境遇について触れる。あいつの誘いを断ったせいで仕事を奪われたらしい。
「それでも、戻るのちょっと待ってほしい」
「何でよ?」
彼女は首を傾げた。
「荷物が結構あるんだよ」
この周辺で生活するようになってから数週間。倒したモンスターの肉を干したり、解体したアイテムを洞窟に保管してある。
その量はかなりのもので、運ぶ準備をしないととてもではないが戻ることが出来なかった。
俺が事情を説明すると、
「ふーん、素材なら私が空間魔法で運んであげるわよ?」
「おおっ!アリサは魔法が使えるのか?」
初めて魔法が見られそうでドキドキする。
「一応言っておくけど私、天才なんだけど?」
自信満々にそう答える。彼女は過剰に見栄を張るタイプではないので本当にそうなのだろう。
「なら、安心だな」
今後の段取りを決めると、次の肉が焼けたので食べる。
「ねえ……」
「ん?」
「遠くからわざわざ探しにきた女の子に差し入れもないわけ?」
恨みがましそうな視線を俺に送ってきた。
「でも、毒があったら死ぬんじゃないか?」
俺はエリクサーで中和しているが、一般人においそれと勧めるわけにはいかない。
「デッドリースパイダーは確かに即死級の毒があるけど、ドラゴンもフェニックスも超超高級食材よ。食べられるわよ」
それは良い情報だった。
「ならどうぞ」
俺はアリサに串焼きを勧める。
「ありがと」
アリサは串を受け取ると、機嫌良く肉にかぶりついた。
「ん。美味しいわね」
フェニックスの肉を咀嚼して口元に手を当てる。上品な仕草だ。
「そうだ、これも飲むか?」
「俺はアリサにエリクサーが入った瓶を差し出した」
「ん。美味しいわねこの水。錬金術に使えるレベルの純度よ!」
それどころか錬金術の完成形であるエリクサーなんだけどな。
だが、見たところ特に変化はなさそうだ。やはり俺にしか効果がないらしい
「それにしても、やっぱりこの肉は別格ね。力が湧いてくるわ」
「それはどう言う意味だ?」
俺はアリサに質問した。
「強力なモンスターの血肉は体を強化してくれるのよ。食べすぎるとその反動で倒れたりもするけどね」
「なるほど、そう言うことか」
「あの日毒でないのに倒れたのには理由があった。起きてから身体が軽かったのにも納得がいく」
「それにしてもあれだけ魔導剣を使えるなら魔力もあるのよね? あなた魔導師になればいいのに」
アリサは串を指で弄ると、先程の俺の戦闘を思い出しそんなことを言った。
「それが、学校に通う機会がなくて……」
保有魔力がそこまで多くないことを彼女に告げるのは気が引ける。
俺も訓練で魔力保有量が増えたのは間違いないが、現役の魔導師ともなれば相当凄い容量があってもおかしくない。
「それなら、私が教えて……、うん。時間もあるし良いアイデアかも? 貴族への強力な手札にもなるし」
彼女がなにやらブツブツ言っている。俺は苦い記憶をアリサに話した。
「それに錬金術ギルドのへんな魔導具に魔力を吸われて力尽きる程度だし全然ダメだろう」
魔導具を起動してしまい、危うく気絶仕掛けたのだ。本職の魔導師ならそうはならなかったのだろう。
俺が思い出し笑いを浮かべていると……。
「それ、アンタ。今から1ヶ月半前のこと?」
「そうだぞ。最後には虹色に輝いてたけど、綺麗だったな」
当時の光景を思い出すとウンウンと頷く。
すると、アリサは肩を震わせたかと思えば両手で俺を逃がさないとばかりに掴み……。
「あんたかああああああああああああああっ!」
涙目で叫び声を上げるのだった。