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智絵里と恭介も警察の車に乗り、警察署にやってきた。車の中にいる間、二人は一言も話さず、手を繋いでただ寄り添っていた。
会議室のような大部屋に通された二人は、長テーブルの前に置かれたパイプ椅子に腰掛ける。恭介は智絵里の方を向く。
「智絵里……抱きしめてもいい?」
智絵里が頷くと、恭介は優しく包み込むように彼女を抱く。恭介に身を預け、智絵里はそっと目を閉じた。
早川には笑顔で話したものの、智絵里の中での恐怖と不安は消えずに心の中に留まり続けていた。
もう大丈夫だと思っていた……恭介のおかげで過去のことに出来ると思っていたの。でも実際にあの男と対峙し、あの日に感じた恐怖が蘇ってきたのだ。
しかもあの男は私を傷付けたことを何とも思っていなかった。当たり前のことのように自分の正当性を唱えた。
吐き気がする。怒りが収まらなかった。
恭介はその想いを察し、智絵里が話せるようになるまで、彼女を抱きしめたまま頭を撫で続けていた。
その時にドアが開く音がして、早川が中に入ってくる。二人は自然と体を離し、歩いて来る早川をみつめた。
早川は二人の前の席のパイプ椅子に座ると、疲れたような笑顔を向けた。
「二人とも、今日はありがとう。特に畑山、怖い思いをさせて申し訳なかった」
智絵里は首を横に振ると、思わず恭介の手を握った。それに気付き、恭介も握り返す。
「その前に、畑山のカバンの中をチェックさせてもらっていいか?」
「……カバン?」
すると恭介が智絵里のカバンを机の上に置くと、中からボイスレコーダーを取り出す。それを見た智絵里が驚いたように目を見開いた。
「智絵里、勝手なことしてごめん……! 日比野さんにお願いして、智絵里のカバンに入れてもらったんだ」
智絵里の頭に帰りの光景が蘇る。真剣な表情で電話をしていた日比野さん。不自然にばら撒かれたメイク道具。きっとあの時に違いない。
「……何があったの?」
日比野さんを巻き込むほどの事情があったということはわかった。だけどこのボイスレコーダーには先ほどの会話が収録されている。つまりあの日のことについてあいつが話したことも。
早川が真剣な目で智絵里を見る。
「今日蒔田から連絡があったんだ。杉山から畑山の職場を聞かれたって。蒔田は知らないと言ったが、別の職員が知っていたようで漏らしてしまった。だから俺たちは杉山を尾行することにしたんだ」
「そんなことが……」
「蒔田からそのことを篠田に伝えて欲しいって言われて、俺が夕方過ぎに連絡を入れた」
智絵里は恭介を見る。
「……そのことを聞いて考えたんだ。あいつは何故智絵里に会おうとしてるのかって。クラス会の日に俺、あいつにすごい形相で睨まれたんだ。俺を牽制して、智絵里に会うということは、目的は一つしかない。でも九年前のあの日に智絵里は逃げた。何があったのかバレてるのは明白なのに、智絵里に逃げられない自信があるようにも思えて……」
「……何か私が抗えないものを持ってるって考えたのね」
智絵里が言うと、恭介は黙って頷いた。
「……その通りよ。写真があった。早川くんは見た?」
「いや……」
「そっか……見て欲しくないけど、あれがきっと証拠になるのね……」
悔しそうに智絵里は唇を噛み締める。
「恭介は私を守ろうとしてくれたんだよね……。でもそれなら言ってくれれば良かったのに……」
「杉山が来るか確証がないのに、お前を不安にさせるのはどうかと思ったんだ……」
「言ってくれたら回避出来たかもしれないじゃない……」
「うん……そうだよな……ごめん……」
二人の間に不穏な空気が流れる。それを察し、早川が口を開く。
「たださ、二人には申し訳ないけど、杉山を現行犯で捕まえられたことには感謝してるんだ。畑山がスマホを見せられて顔色を変えた瞬間、俺たちは確信を持って飛び出すことが出来た。あいつを拘束している間に、余罪についても追及していく」
智絵里は恭介の手からボイスレコーダーを受け取ると、早川に差し出す。
「早川くん、もしこれが証拠になるのなら使って」
「ありがとう、畑山」
早川はボイスレコーダーを受け取ると、時計を確認する。既に十時を回っていた。
「調書を取りたいんだけど、今日はもう遅いし、明日また来てもらうことって出来るか?」
「うん、その方が助かる」
「あっ……俺は?」
「別にどちらでもいいけど、畑山が心配なら来れば? 番犬は主人のそばにいないと不安だろうしな」
「……わかった」
「……来るの?」
「あ、当たり前だろ! 俺はお前の……婚約者なんだからな……。心配なんだよ……だからそばにいさせて欲しいんだ……」
今の恭介を見れば、きっといろいろ考え抜いての行動だったと想像はつく。心配性の恭介のことだから、必要以上に混乱して慌てたはずだ。
もちろん不満はある。でも恭介の気持ちもわからなくはない。
智絵里はようやく笑顔を見せた。守ってもらうことは気持ちが弱くなる。でも一人じゃない、味方がいる。こんな弱みなら持ってもいいのかもしれない。