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◻︎あなたのためでもあるんです
「あなたは60歳になった今月末、定年退職で仕事を辞めるでしょ?それに合わせて私も辞めるのよ、主婦業を」
「!?」
何を言われたのか理解してない様子の光太郎。
「だから、あなたはあなたで自分の身の回りのことをやってほしいの、これからは。どうせ暇になるんでしょ?」
「暇になるっていうか、今まで休まず家族のために働いてきたんだよ。だからこれからは自分のために時間をつかってもバチは当たらないよね?」
私に負けないように、両手を腰に当ててドヤ顔で言ってくる。
「ちょい待ち!」
その夫の顔に顔を近づけて、少しばかりドスの効いた声で続ける。
「家族のために?まぁ、そうね。本当に長い間お疲れ様でした。それは感謝している。でも、家族のために休みなくというなら、私だって休みなく家事をしてましたけど?風邪ひいたくらいじゃ、家事を休めなかったんですけど?朝早くだろうが日曜日だろうがお正月だろうが、主婦業には休みなしだったんだよ。私だって、これからは自分のために時間を使ってもいいよね?ね?ね!」
ドヤ顔から引き攣った顔になった夫は、私の気迫に押されたのか、少しづつ後退りする。
「えーっ、じゃあ誰がご飯作るの?洗濯は?」
___子どもかよ!
心の中で言い返す。
「私の55才の誕生日はちょうど半年後。だからそれまでに、あなたに自分のことは自分でできるように指導するわ。あなたがこれから自分のために時間を使いたいように、私だって友達と旅行したりランチ行ったりしたいじゃない?まだパートも続けたいし。だから、私がいなくてもなんとかなるように、教育する、わかった?」
「えー……出かけるのは俺とじゃなく?」
「そうよ、あなたとなら、いつでも行けるし」
今更、わざわざ夫と旅行に行きたいなんて思わない……という本音は隠しておいた。
「あなただって、自分の好きなことを好きな人とすればいい、趣味でも旅行でも」
夫は黙り込む。今更家事をやりたくないということか。
「嫌なら離婚するけど?」
「……わ、わかったよ」
ちょっと強引だったかな?とは思ったけど。私は残りの自分の人生も、それなりに楽しみたい。そのためには、こういうことはハッキリしておかないといけないと思った。
それに、もし私があっさり死んでしまったら、そのあと夫もきっと困ってしまうから。
夫が有給消化の間は、“人生の夏休み”ということで、とことんグータラしても許してあげることにした。その間、私はパートは続けながら夫の朝昼晩の食事を用意して、洗濯や掃除もこなした。夫が家にいるようになったからって、そんなに変わるもんじゃない、と簡単に考えていたのが間違いだったようで、思っていたよりも神経も体力も消耗してしまった。
これまでは背広とスラックス、カッターシャツだったから、それらはクリーニングに出していた。
今は、いつ起きてくるかわからないから、パジャマの洗濯がいつできるかわからない。下手すると、ずっとパジャマですごしていたりする。かと思えば、何を思い付いたのか突然庭掃除を始めて、泥んこになった靴下やスウェットが洗濯機にそのまま放り込まれていたりする。
「ちょっと、せめて泥汚れは軽く落としてから洗濯機に入れてよ」
泥んこ汚れの洗濯物を取り出しながら言う。
「なんでさ、洗濯機は洗濯するためにあるんだろ?手洗いしてしまったら洗濯機の意味ないじゃん?」
「そりゃそうなんだけど、せめて表面の泥だけでも落としてからにしてよ。他の洗濯物にうつりそうだし、洗濯機だけじゃ落ちないから」
「じゃあさ、いい洗剤にしようよ、ほら、こんなやつ、ポン!と入れたら終わりってやつ」
洗剤のCMが流れていたテレビを、嬉々として指差す。
「洗剤の問題でもなくて、汚れ落ちの問題だから。もう、今回はいいけど、このお休みが終わる来月1日からは、きちんとやってもらいますからね」
___こんな初歩的なこともできなかったんだこの人は
私がそんな人にしちゃったのかなぁ。仕事を頑張ってくれてるからって、家事はほとんど頼んだことがないし。お産の時は実家の親や夫の親に来てもらってなんとかなったから。
___このままじゃダメだ!
これから先の人生は、親を頼ったりできないし、子どもたちに負担をかけるわけにもいかない。
絶対に家事の分担をやって、私も主婦業から定年退職してやると固く決意した。