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「ね、ね、どんな人かな」
「静かにしねえと、気づかれちまうぞ」
「いやぁ、後ろから現われるか、前から現われるかも分かんないからどーだろ」
俺達は、物陰に隠れてこそこそと残りの同居人が来るのを待っていた。何でも部屋の外に出たところ風の噂で一人脱落したそうで、四人部屋だが俺達含めて三人しかいないという。まあ、広く使えるし、根性がない奴はやめていくだろうからそこは気にしていないのだが、問題はあと一人だ。
もしそいつも根性なしで、やめるようだったら俺達二人きりと言うことになる。そうなれば、願ったり叶ったりの状況だが。
(って、俺は何考えてんだ。同棲見たいな事考えて……そんな夢のような場所じゃねえんだよ)
警察になる為にここにいる。確かに、空と一緒にいれるのは嬉しいが、当初の目的を見失うようじゃ、教官に怒られてしまう。怒られるのは慣れていない。
「あっ、きたきた。あの人じゃない?」
「おっ、みたいだな……何処かで見たことあるような」
そうしているうちに、最後の一人がきたようで、空は指を指した。指の先には何処かで見たことあるような前髪が少し右目にかかった黒髪に、猫のような金色の瞳を持つ男がそこに立っていた。ドアノブを捻って中に入り誰もいないと辺りを見渡しているようだった。
記憶をたぐり寄せながら、最後の一人が入校式で服務の宣誓を読み上げた奴だったと思い出した。ということは、成績優秀者と言うことだ。同期の中でもトップ。
(いやぁなのに当たったな。真面目は嫌いだぜ)
自分は勉強がからっきしだったため、ああいう真面目というか出来る奴を見ると別にあっちが悪いわけではないが無性に腹が立ってしまうのだ。見るだけで殴りたくなる。何でも持ってるんだろうと、胸倉を掴みたい。
そんな気持ちを抑えつつ、俺と空は彼奴の背後にそろりと忍び寄った。
「もしかして、お前が最後の一人か?」
そう俺が声をかければ、男は振返りいつの間にそこにいたんだ? みたいないいリアクションをしてくれた。そうして、俺達を値踏み……まではしないが、ゆっくりと観察し、俺達が自分の同居人だと認識したようで一人小さく頷いていた。
だがまだ意識が戻ってきていないようで、俺は気持ちだけが焦ってつい口が開く。
「おい、聞いてんのか?」
「聞いてる。ああ、そうだ。これからよろしくな。俺は、明智春って言うんだ」
テンプレートな自己紹介をし、明智と名乗った男は俺達に手を差し伸べてきた。
それを見て、俺は空と顔を見合わせ思わずプッと吹き出してしまう。失礼だとは分かっているが、想像以上に真面目ちゃんで可笑しかったのだ。空は何がツボったのかは知らないが、腹を抱えて笑っていた。空の笑いが伝染するように、数秒か数分、目の前にいる明智のことなど忘れて笑いこけているとキッと明智に睨まれた。
「いやいや、すっげえ真面目だなって思って」
「う~ん、それが普通なんだろうけど、ごめん笑えてきて」
「いや、お前ら失礼すぎだろ……」
「おい、いつまで笑ってるつもりだ」
少しドスのきいた、それでもそこまで怖くない明智の声を聞いてさらに笑いがこみ上げてきて、目尻に涙がたまっていく。ひーひーと、息するのも苦しいぐらいに笑って、ようやく落ち着いたところで、俺は指で涙を拭う。
まあ、上手くやっていけそうで。
「あー悪ぃ、悪ぃ。ひっさしぶりに笑った気がする。ここ一週間忙しすぎて、笑う暇なったからな」
「あっそ」
「おいおい、酷ぇな。ちょっと笑っただけで」
ポンと明智の肩に手を乗せれば触れるなとでも言うように、気むずかしい猫のように手を払い睨み付ける明智。
面白い奴だとは思ったが、協調性のなさが垣間見れて完璧人間でも苦手はあるんだと笑えてきてしまった。
明智は明智で、俺達のことを面倒くさい人間だと思っているだろうが、俺もまだ実際明智のことをよく知らないわけだし、これから知っていけばいいと思う。まあ、仲良くなれるかは別として。
「あーえっと、そう! 自己紹介してなかったな」
「今頃かよ……」
「何かいったか?」
俺は、明智のボソッと言った言葉を拾いあげて睨み付ければ、明智は慌てて首を横に振っていた。
「俺は、高嶺澪って言うんだ、でこっちは――」
「颯佐空。気軽に空って呼んでね~」
と、それまで笑っていた空もようやく落ち着いたのか俺の後ろからひょっこりと飛び出し、明智に自己紹介をする。
それすらも嫌そう、「これから此奴らとやっていくのか」みたいな表情を隠さない明智。
(俺だって、お前がいけりゃ、空と二人きりだったんだよ)
そんなことを思いつつ、俺は、つい部活、高校の時のノリでガッと明智の肩を組む。
「んじゃ、まあ。これからよろしくな、明智」
「よろしく、ハルハル~」
「は、ハルハル?」
空のネーミングセンスの悪さに驚いたのか、明智は顔を引きつらせていた。
俺は慣れているが、空は大抵名前で呼ぶし、それもあだ名で呼ぶ。男女構わずで、空なりのコミュニケーションの取り方だ。ノリが軽いのも、基本的に受け入れるその姿勢も何一つ変わっていなかった。
「あれじゃね? お前が、ハルハルなんてあだ名で呼んだから驚いてんだろ」
「そっか、そうか。距離の詰め方分かんないなぁ~仲良くしたいって気持ちが強くて」
「あ、ああ……別にそれで構わない。その、ハルハルでも……」
「なあーに、いい子ぶってんだよ。本当は嬉しかったくせに」
「嬉しくねえし、おい、頭撫でんな」
俺は、肩を組みながら明智の頭をワシャワシャと少し乱暴に撫でてやった。元からセットに時間がかかりそうな癖ッ毛をさらにぐちゃぐちゃにしてやろうと思ったからだ。当然、明智は嫌そうなかおをし、俺を許さねえみたいな目で見てきたが、そんな睨みなんてヘでもねえ。逆に子猫が首根っこ捕まれて無駄に、短い手足をばたつかせているようにも見えてまた笑えてきてしまった。
「まっ、これからよろしくしてくれよ。明智」
「よろしくされたくねえな」
(此奴、今値踏みしやがったな……)
嫌な奴。と思いつつ、俺はなるべく顔に出さないように心がけた。後から、空に「ちょー顔に出てた、ウケる~」と言われたのはまた別の話だ。