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「あーん、挙式に間に合わなかったよー。でもまだ披露宴があるもんね。あー、早く見たい!瞳子ちゃんのドレス姿!」
腕にはめたホーラ・ウォッチのSAKURAモデルで時間を確かめ、谷崎 ハルは式場の大きな門扉からアプローチを駆け抜けてガーデンへと向かった。
「あ、いた!キャー、瞳子ちゃん綺麗!」
ガーデンでカメラマンに写真を撮られている新郎新婦を見つけると、ハルは思わず声に出して感激する。
「えっ?!あの人、谷崎 ハルじゃない?」
「ほんとだ!うわー、可愛い」
列席者からヒソヒソと囁かれるが、ハルは一向に気にする様子もなく、うっとりと瞳子達に見とれている。
するとふと視線を上げた瞳子がハルに気づき、嬉しそうに近づいてきた。
「ハルさん!お忙しいのに、来てくださってありがとうございます」
「こちらこそ、お招きありがとう!瞳子ちゃんの綺麗なドレス姿を楽しみにしてたの。もう、とーっても素敵!おめでとう、瞳子ちゃん。お幸せにね」
「ありがとう!ハルさん」
手を取り合う二人の様子を、透が少し離れたところから撮影する。
「ごめんね、式に間に合わなくて」
「ううん。駆けつけてくれただけでも、嬉しいです。ハルさん、セレブ芸能人なのに、私みたいな一般人の為に来てくれるなんて」
「やだ!セレブって何?ぜーんぜんよ。それより瞳子ちゃんの挙式、参列したかったなあ。あー、残念!」
本当に残念そうなハルの言葉に、透はふと思い立ち、その場を離れて吾郎のもとへ行く。
「吾郎、こっちの予備のカメラでアリシア達の撮影頼んでもいい?」
「ん?いいけど、どうした?」
「ちょっとね。しばらくしたら戻るよ」
そう言い残し、透はビデオカメラを手に披露宴会場の片隅へ向かい、作業を始めた。
ひとしきりガーデンで新郎新婦との記念撮影を終えると、スタッフに促されてゲストは披露宴会場に入る。
席札の置かれたテーブルに着いたハルは、同じテーブルの女性二人に、初めましてと挨拶した。
一人は瞳子の事務所の社長で、もう一人は後輩らしかった。
すると頭上から、あれ?という声がして、ハルは顔を上げる。
「ひょっとして、谷崎さんかな?」
隣の椅子に手をかけてこちらを見ているのは、アナウンサーの倉木 友也だった。
ひえっ!とハルは身体を固くする。
片思い中の倉木に、まさかこんなところで会うとは思っていなかった。
「こ、こんにちは」
「こんにちは。谷崎さんも招待されてたんだね。有名人なのに、大丈夫なの?」
倉木は同席の二人に会釈してから腰を下ろし、至近距離でハルの顔を覗き込んでくる。
「は、はい。へっちゃらの平気です。倉木さんこそ、大丈夫なんですか?」
「俺?もちろん大丈夫だよ。新郎新婦に見とれて、誰も気づいてないしね」
「そ、そんなことは、ないですよ」
「そんなことあるんだって。見てよ、冴島さんのあのかっこよさ。同じ男から見ても惚れ惚れするよ」
ハルはチラリと視線を上げて倉木を見た。
倉木は、花で飾られたメインテーブルに座る新郎新婦を見つめて微笑んでいる。
その表情にドキッとして、ハルは慌ててまた視線を落とした。
「冴島さんは、俺の憧れの人なんだ。かっこよくて、男前で、懐が深くて。どん底にいた俺を救ってくれた恩人なんだよ」
静かにしみじみと語る倉木に、ハルは思わず目を奪われる。
「なんて、こんなに熱く語ると誤解されちゃうかな。念の為に言っておくけど、憧れであって、ラブではないからね?」
そう言って、ふふっと笑う。
ハルは恋に落ちた乙女のように、ポーッと頬を赤く染めて倉木に見とれていた。
乾杯のあと、美味しいフルコースの料理を、ハルはギクシャクと緊張しながら食べる。
どんなドラマの撮影現場でも、ここまで緊張したことはなかった。
ふと視線を感じて顔を上げると、メインテーブルから瞳子がニコニコとこちらを見ている。
(あっ!これって、瞳子ちゃんが仕組んだのね?)
倉木と席が隣同士なのは、瞳子の企みなのだとようやく気づく。
恥ずかしさに、むむーっと膨れてみせると、瞳子は、んー?とトボけた表情になる。
(もうー、瞳子ちゃんったら!嬉しいけど、その100倍恥ずかしいんだからねー!)
ハルは食事中、時折倉木に話しかけられ、終始赤い顔でドギマギと返事をしていた。
やがてメインディッシュを食べ終わる頃、透がマイクの前に立って会場に呼びかける。
「えー、皆様。ここで先ほどの新郎新婦の挙式の様子をご覧いただきたいと思います。編集したばかりの出来たてホヤホヤ、二人のラブラブ、アツアツの動画です。どうぞご覧ください」
えっ!と、この時ばかりは真顔に戻って、ハルは前方のスクリーンに目を凝らした。
青く澄み渡った空と、真っ白なチャペルの外観がゆっくりと画面に現れ、大きな扉が左右に開かれた。
カメラがチャペルの中へ入ると、両側に並ぶたくさんの列席者の真ん中には、鮮やかなロイヤルブルーのバージンロード。
そして祭壇の前に、シルバーグレーのタキシードに身を包んだ、凛とした立ち姿の大河が捉えられる。
後方の扉を振り返っていた大河が、やがてふっと柔らかく微笑んだ。
その視線の先には…
純白のAラインのドレスに、真紅と白の綺麗なラウンドブーケ。
オフショルダーの胸元で輝くネックレス。
アップにまとめた髪にはきらめくティアラ。
真っ白なベールに覆われた、うつむき加減の美しい瞳子。
父親と腕を組み、一歩一歩バージンロードを歩いて行く。
これまでの道のりを振り返り、想いを噛みしめるように、ゆっくりと。
ついに瞳子は、愛する大河のもとへとたどり着いた。
父親が深々と頭を下げて、瞳子の手を大河に託す。
大河も深くお辞儀をしてから、瞳子の手をしっかりと握りしめた。
瞳子は大河の腕に右手を添えると隣に寄り添い、顔を上げて大河を見つめ、幸せそうに微笑んだ。
大河も瞳子に微笑み返し、二人はゆっくりと祭壇を上がる。
厳かな雰囲気の中、聖歌隊が賛美歌を歌う綺麗な歌声が響き、次に牧師が教えを説く。
そして誓いの言葉…
「新郎、冴島 大河。汝、新婦 間宮 瞳子を妻とし、健やかなる時も 病める時も 喜びの時も 悲しみの時も、互いに寄り添い 敬い その命ある限り 愛をもって心を尽くすことを誓いますか?」
「はい。いついかなる時も、妻に寄り添い、心を尽くし、妻を愛し続けることをここに誓います」
「新婦、間宮 瞳子。汝、新郎 冴島 大河を夫とし、健やかなる時も 病める時も 喜びの時も 悲しみの時も、互いに寄り添い 敬い その命ある限り 愛をもって心を尽くすことを誓いますか?」
「はい。いついかなる時も、夫に寄り添い、心を尽くし、夫を愛し続けることをここに誓います」
二人の確かな言葉に、ハルは思わず感極まって涙ぐむ。
向かい合った二人は愛の証の指輪を交換し、やがて大河がおもむろに瞳子のベールを上げた。
息を呑むほど美しい瞳子の横顔に、ハルは目を潤ませながら見とれる。
瞳子は頬を少しピンクに染め、純真な少女のようにうつむいている。
大河がそっと瞳子の頬に触れて何か言葉をかけると、瞳子は恥じらいながら顔を上げて大河を見つめ、幸せそうに柔らかい表情で微笑む。
大河は瞳子の肩に手を置くと、ゆっくりと顔を寄せ、瞳子に愛を注ぐように口づけた。
ハルの瞳から、ポロポロと涙がこぼれ落ちる。
(なんて感動的なの。もう胸がいっぱい…)
苦しくなるほど込み上げてくる感情に、懸命に嗚咽を堪えていると、ふと隣から白いハンカチが差し出された。
倉木が優しく微笑みながら、ハルの手にハンカチを握らせる。
「すみません、ありがとうございます」
ハルは頭を下げるとハンカチを受け取り、そっと目元を押さえた。
結婚証明書にサインをして、晴れて夫婦となった大河と瞳子は、互いにしっかりと腕を組んでバージンロードを歩き始めた。
「おめでとう!」
「お幸せにね」
列席者の言葉に笑顔で応えながら、二人はチャペルの扉の前まで来る。
その後ろ姿が小さく遠ざかり、チャペルの扉が開かれると、次に画面に映し出されたのは、青空とチャペルをバックにした二人の笑顔。
大階段を下りる二人の周りを、綺麗な花びらがひらひらと舞って祝福する。
(うっ、うっ、なんて素敵なの。幸せと輝きに満ち溢れてる)
ハルはハンカチを握りしめ、とめどなく涙を溢れさせながら画面を見つめた。
最後に、幸せいっぱいに微笑み合う瞳子と大河がアップで捉えられ、すーっと角度を変えて空を映し出したあと、ゆっくりと画面は白くなり、キラキラと輝きながら映像は終わった。
わあ…と感嘆のため息と共に、皆の間から大きな拍手が起こる。
ハンカチを目に当てたまま、ハルはもはや、しゃくり上げるように泣き続けていた。
「ちょっと、谷崎さん?大丈夫?」
あまりの号泣ぶりに、倉木が心配そうに顔を覗き込む。
「うぐっ、はい。大丈夫、ひっく、です」
「全然大丈夫じゃないでしょ?ほら、落ち着いて」
ハルの背中を倉木がさする。
「はあ、もう私、胸が詰まって、息が…うぐっ」
「ええ?!ちょっと、おいで」
倉木はハルの腕を取ると、そっと会場の外に連れ出した。
人気のない大きな柱の影で、再びハルの顔を覗き込む。
「ほら、深呼吸して。落ち着いて」
ハルは言われた通りに、スーハーと両手を開いてラジオ体操のような深呼吸をする。
「おお、上手だね、深呼吸」
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
深呼吸を褒められて真面目に頭を下げるハルに、倉木も真顔になる。
「それにしても、君ってそんなに感激屋さんだったんだね」
「え?いえ、あの。私、こういう仕事してるから、自由に恋愛出来なくて…。だから今日の瞳子ちゃん見てたら、もうあまりに素敵すぎて、まるでおとぎの国のプリンセスみたいに憧れちゃいました」
「そっか。世間では憧れの存在の谷崎さんなのに、実際はごく普通の女の子なんだね。いや、普通よりも涙もろい女の子、かな?」
「お恥ずかしいです。あの、倉木さん。ハンカチをありがとうございました。って、あ!ぐしょぐしょ…」
「あはは!そりゃ、あれだけ号泣すればそうなるでしょ」
「すみません!新しいものを買ってお返ししますので」
「いいよ、そんなの。気にしないで」
そう言うと倉木は、ハルの手からハンカチを取ろうとする。
思わずハルは取られまいと、ギュッとハンカチを握りしめた。
「いえ、あの。本当にそうさせてください。でないと私の気が済みません」
「そんな、いいのに。でもそこまで言うなら、お言葉に甘えてもいいかな?」
「はい!もちろんです。必ずお返しします。えっと、では次に私が倉木さんのテレビ局に仕事で行く時に、直接お渡ししてもいいですか?」
「ああ、そうだね。連絡くれれば、控え室に顔出すよ」
「はい、分かりました。ありがとうございます」
「じゃあ、これ。俺の連絡先」
倉木がジャケットの内ポケットから取り出した名刺を、ハルは両手でうやうやしく受け取る。
名前の上に社名や肩書はなく、メールアドレスも会社のものではなかった。
携帯電話の番号の他に、メッセージアプリのアカウントも載っている。
(ひゃあ!これってもしかして、プライベートの連絡先?)
まじまじと見つめていると、そろそろ会場に戻ろうと言われて、ハルは大事に名刺をパーティーバッグにしまった。