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夜八時二十分、雨はしとしとと降り、街灯に濡れたアスファルトが鈍く光る。
ゆあんは遠くのコンビニに向かうため、リュックを背負い、玄関で靴を履いた。
yan「なお兄、ちょっと遠いけどセ〇ンイレ〇ンまで行ってくるね。九時には帰るから!」
nkr「うん、気をつけてね。ナンパされないといいけど……」
彼は軽やかに足を踏み出すが、慌てて立ち止まる。
yan「あっ、鍵どうする?」
ドアノブに手をかける僕。そして僕は静かに呟いた。
nkr「帰ってきたらドア開けますから!」
yan「帰ったら開けてね?」
それだけ言い残し、ゆあんは雨の夜道へ消えた。
時刻は二十時二十五分だった。
部屋は静寂に包まれ、窓からの湿った風が肌を刺す。
パソコンに向かうが、心は落ち着かず、外の雨の音が異様に大きく響いた。
――ピンポーン。
時計は二十時三十分。早すぎる。
モニターに映ったのは――ゆあんだった。
???『なおきり、開けて。俺、鍵開けてって言ったよね?』
違和感が全身に走る。呼び方が違う。いつもは“なお兄”。
顔色は青白く、瞳には光がない。
鍵はかけているから絶対に開かない。
nkr「え…、まだ帰ってないはずですよ?」
???『道が空いてたから、早く帰れたんだ。ほら、開けて』
声は確かにゆあん。でも乾いた響きが混ざる。
チェーン越しにドアを押す力、ぽたぽた落ちる水滴の音。
足音はないのに、誰かが立っている気配が増す。
nkr「……お前、誰だ?」
低く問いかける。
「ゆあんは九時に帰るって言ってました。そして俺のことは“なお兄”って呼ぶんですよ?」
沈黙。
偽物は口角だけを上げ、微かに笑う。
???『……開けろ』
???『開けろ開けろ開けろ……ッッッ』
ドアノブがガタガタと揺れ、金属の軋む音が部屋中に響く。
呼び方の違い、声の質感、距離感――すべてが異常。
「濡れるの、好きだから」――こんなことを言うはずがない。
???『開けろォッッ! 開けろォッッ!』
連呼は止まらず、チェーンがギシギシと軋む。
僕は後ずさり、呼吸を殺す。
動けば、何かが押し寄せる気がする。
冷たい空気、雨の匂い、耳に残る微かな囁き。
恐怖で体が硬直する。
nkr「お前、誰なんだ……」
問いかけると、影が揺れ、口を開く。
nkr「お前、誰だよ。ゆあんはギリギリに帰るはずだ。そして俺のことは“なお兄”って呼ぶ……なら、お前は……」
その瞬間、呼吸が止まった。
影はふっと消え、チェーンも静かになる。
耳鳴りだけが残る。
二十一時ちょうど。
玄関の鍵が回る音。
yan「なお兄、ただいま帰ってきたよ〜!遅くなったぁ……あ、バックの中に予備の鍵入ってた! 」
本物のゆあんが濡れた髪と服で立っている。
安堵と恐怖が交錯する。
夜、布団に入り、俺はゆあんをぎゅっと抱きしめた。
濡れた肩の感触、微かに震える体、重なる呼吸。
安心感と、まだ残る戦慄が混ざる。
ゆあんもぎゅっと寄り添い、静かに眠った。
夜中、廊下からかすかな物音が聞こえる。
寝返りを打つたび、布団の中で互いの体にしがみつく。
雨は止んでいるはずだが、冷たい空気が部屋を満たす。
翌朝。
柔らかな光が部屋を照らす。
目を覚ますと、ゆあんを抱きしめたまま布団にいた。
だが視線を廊下に向けると――
濡れた裸足の足跡が、玄関から寝室まで続き、布団のすぐそばで途切れている。
足跡の終点には微かに水滴が落ち、布団の端にかすかに染みている。
まるで昨夜の“誰か”が布団のすぐそばまで来て、まだ潜んでいるかのようだった。
そして――微かな囁きが布団の隙間から何度も繰り返される。
???「なおきり……開けろ……」
???「なおきり……開けろ……」
???「なおきり……開けろ……」
ゆあんの寝息の隣で、その声は明らかにゆあんではない。
布団のすぐ外、暗がりのどこかに、昨夜の影がまだ潜んでいる――そう思わずにはいられなかった。
そして目を凝らすと、布団の端――僕たちの足元のあたりで、微かに影が揺れた。
水滴が小さく布団に跳ねる。
あの影はまだここにいる――いや、もしかすると、布団の中に入り込もうとしているのかもしれない。
俺はゆあんを抱きしめ直す。
朝の光が差し込む部屋で、安心と戦慄が交錯したまま、二人は静かに息をひそめるしかなかった。
――布団のすぐ外、そして布団の端で、囁きと影が生きているかのように、背筋を凍らせ続ける。