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「チエゴ国に頼んで、ルクレセント様を
派遣してもらうわけにはいかないッスかねえ」
短い黒髪・褐色肌の次期ギルド長の青年が、
片手を挙げて意見を話す。
「無理だろう。
10万ものハイ・ローキュストの群れの
出現という異常事態―――
そんな時に自分の国から最高戦力を手放す
わけがない。俺だってそうする」
40代前半に見える、白髪交じりの筋肉質の
男性が、その言葉を否定する。
「でも本部長。
レイドの案がダメなら、ウィンベル王国も……」
タヌキ顔のライトグリーンのショートヘアの
女性が、丸眼鏡を直しながら不安を口にする。
「万一に備え……
ワイバーン騎士隊は動かせないだろうな。
非情かも知れんが、自国の安全が最優先だ。
新生『アノーミア』連邦のための戦力ではない」
アラフィフの近距離パワータイプといった感じの
男性が、グレーの白髪交じりの頭をガシガシと
かきながら、苦々しく答える。
「そういう事情なら、ワイバーンも巣の防衛のため
戦力を残すだろう。
そちらも過度な期待は出来ないか」
5才くらいの姿をした、ベージュのような
薄い黄色の巻き毛を持つ少年が、大人びた
口調でつぶやく。
「我のところもなあ……
そもそもドラゴンは外に興味が無いので、
要請したところで難しいであろうな」
黒髪ロングの妻が、微妙な表情で語る。
そこでライオネルはふぅ、と息を吐いて、
「とは言え今回の件―――
新生『アノーミア』連邦が対応を誤れば、
大量の避難民を生み出す事になる」
それが連邦各国の内で収まればいいが……
隣国であるウィンベル王国に取って、無視出来ない
問題でもあった。
「こういう時、風精霊なら眷属と一緒に
それなりに頼りになるんだけど」
「すごく気まぐれだからね……
それに今回は、あっちのためには絶対
協力してくれなさそうだし」
透明にも見える白いミドルショートの髪の少女と、
彼女よりも幼く見える―――
緑色の髪とエメラルドグリーンの瞳の少年が、
同じ精霊仲間について諦めの表情になる。
「それはまあ、仕方ないかと」
「公都は守ってくれるらしいですし、
むしろあちらに全力を向けられると思えば」
真っ白な長髪と、さらに長いホワイトシルバーの
髪の夫妻が、前向きに語る。
「でも、そろそろ処理能力を超えますね、コレ」
「私たちだけでも、一度帰った方がよろしい
でしょうか」
金髪を腰まで伸ばした童顔の女性に、眼鏡をかけた
秘書ふうのミドルショートの黒髪の女性が―――
直属の上司であるライさんに問う。
「そうだな。
サシャとジェレミエルはいったん、王都まで
戻ってもらうか。
冒険者ギルド本部も、そろそろ限界だろうしな」
それを聞いて彼女たちは頭を下げる。
「そーいえばさ、シン」
「この部屋に移る前に―――
何やら手がある、みたいな事を言って
おったような気がするが」
黒髪セミロングと、ロングの妻二人が、
応接室での話を思い出して私に問いかける。
元々は応接室にいたのだが……
ボーロさんから一通り、ハイ・ローキュストの
群れについての情報を聞いた後、彼にはここでの
話を口止めしていったん帰ってもらい、
入れ替わりにサシャさんとジェレミエルさんが
加わり―――
私の『能力』を知るメンバーだけになった事で、
支部長室へと場所を移動した。
ちなみに土精霊様だけは、まだ教えていないので
いい機会だと思って打ち明けようとしたところ、
氷精霊様が『わらわがもう教えたー』と軽く
言ってくれたので、同行してもらう事になった。
この子ったら秘密を何だと思っているの?
話を元に戻し……
その移動前に私がふと口にした事を、彼女たちは
覚えていたようで、
「あくまでも、現行の戦力で考えられる範囲で
ですが―――」
そこで全員の視線が、私に集まった。
私はその中の魔王様と呼ばれる少年に向かい、
「マギア様。
グラキノスさんですが、模擬戦で見たような
半球状の氷……
あれはどこまで巨大化させる事が
可能でしょうか?」
彼は両目をいったん閉じた後、
「1,000人から2,000人の部隊を丸ごと、
あれで防衛していた記憶はある。
限界は当人に聞かなければわからないが、
この公都の中央区程度であれば、
全て覆う事は可能であろう」
「そこまで出来るのか」
「防御に徹すれば―――
完璧に攻撃を防ぐ事が可能だな」
ライさんとジャンさんが感心しながら
顔を見合わせる。
「それだけの規模が可能なら、最前線を守るには
十分でしょう。
それで、ハイ・ローキュストの対応なのですが、
日中と夜間に分けたいと思っています」
「でも夜間までやると、人手が足りなくなると
言ってなかったッスか?」
レイド君が聞き返してくる。
「確かに言いましたが―――
それは数億、数十億の群れを相手にすると
思っていたからです。
10万匹という具体的な数字がわかれば、
この方法で削る事は可能かと」
そこで私は一息ついて、
「虫は、光に反応する習性があります。
そこで夜間は―――
ある程度離れた場所で、ワイバーンかドラゴンに
真下に火球で攻撃してもらい、地面を燃やす。
そこにハイ・ローキュストは集まるはずです。
次にその火を目標に、石弾や風刃、あるなら
電撃で攻撃してもらいます」
そこでミリアさんが片手を挙げて、
「火球は?
それに、続けてワイバーンやドラゴンに
火球で攻撃してもらえれば……」
私は首を横に振り、
「虫は光に反応するので、最初の場所以外で
火を使うのは得策ではないかと。
真上から撃ってもらうのも考えたんですが、
それで上空へ向かって飛ばれると、目標が
ばらけてしまうので……
一ヶ所に集められるのなら、そうした方が
いいと思います。
電撃は一瞬ですし、連続で使わなければ
効果はあると思われます」
「日中はどうすんだ?」
次の支部長の質問に私は、
「日中は迎撃戦になります。
理想的な展開としましては……
ドラゴンとワイバーンで長距離かつ大打撃を、
それで撃ち漏らしたのを人間が仕留め、
さらに接近されたら魔狼やラミア族で対応する。
攻撃魔法の無い人たちには、種族問わず
後方支援に回って頂きます」
そこでギルド本部長が、テーブルの上を
トントンと指で叩きながら、
「攻撃に関しては―――
日中はドラゴン・ワイバーン・火魔法を
中心に迎え撃ち……
夜間は燃える目標地点を作って、そこ目掛けて
石弾・風刃・電撃をブチ込む。
それで群れを削り続ける……
長期戦を見込むのであれば、これ以上の具体策は
思いつかん。
だが―――」
ふと、ライさんは顔を上げて私の方へ向き、
「シン。
もしお前がドラゴンの姿になったアルテリーゼに
乗って―――
ハイ・ローキュストの群れに『無効化』を
使いながら、突っ込んだらどうなる?」
本部長の鋭い眼光に、いったん目を閉じ―――
改めて向き直ると、
「少なくとも、半数……
運が良ければ、6~7割は『無効化』出来ます。
それを1日か2日繰り返し行えば―――
ほぼ全滅させられるかと」
困惑する視線が、室内中から突き刺さる。
「ではなぜやらん。
最適解があるのに―――
それ以外の方法を選ぶのはなぜだ?」
そこへメルとアルテリーゼが割って入り、
「えっと、それだとシンの『能力』が
モロバレってゆーかー」
「そもそも、シンの力は極秘事項では
なかったか?」
妻たちが擁護するように話してくれるが、
「いや……
それなら、ハイ・ローキュストの群れの奥深くの
上空に達してから、そこから突入し―――
『無効化』を使えばいい。
バレないようにするなら、いくらでも方法は
ある……」
今度は支部長が逃げ道を塞ぐ。
私は大きく息を吐くと、
「……私がいる前提で対応するのは―――
今後に悪影響しか与えない。
そう思ったからです」
そこで、室内のメンバー……
ライさんにジャンさん、レイド夫妻、パック夫妻、
サシャさんにジェレミエルさん、
魔王マギア様に氷と風の精霊二人―――
最後に妻二人の顔を交互に見回して、
「自分がいたから何とかなった……
そういう前例を残すのは、また同じような
事態が起きた時、対処が出来ません。
あの魔導具の飛翔体も、魔力収奪装置も―――
極論すれば人間がやった事です。
再発防止に努める事は出来ます。
ですが今回のような、魔物や自然現象相手は
未然に防ぐ方法はありません」
「…………」
話を聞いたまま、無言で本部長が腰を掛け直す。
「私がいれば問題はありませんが……
その場に私がいなかったり―――
または動けなかったり、死んだ後……
使えなくなるような対応方法を、残しておく
べきではないと考えます」
室内が静まり返る。
そして、少しの静寂の後、
「シン殿の言われる事、道理かと。
優れた者が解決してくれるというのは、
言い換えれば他の誰かにその責務を押し付け、
その者がいなければ解決しない―――
という事に他ならぬ」
マギア様が追認するように語る。
チートの欠点というか、見過ごせない影響が
これなのだ。
いくら自分が無双出来たとしても、それは
しょせん自分一人だけの強さ。
後に残される人間やその後の事を考えると―――
身勝手に振る舞う事など、とても私には出来ない。
歴史を振り返って見ても、有力者が死んだ途端に
その組織が滅んだり、報復される例は枚挙に
いとまがない。
これが10代や考えの浅い子供ならともかく、
いい年をしたおっさんとしては……
慎重にならざるを得ないのだ。
ラッチもドラゴンである事を差し引いても、
私より長生きするだろうし……
いずれメルにもアルテリーゼにも、私との子供が
産まれるだろう。
それを考えると後は野となれ山となれ―――
なんてメンタルは持ち合わせていないからな……
「まあ、確かにな。
言われてみりゃシンが作った料理や施設は、
シンがいなくなったとしても再現可能だ。
それに本来、この世界の事は俺たちの手で
何とかしなけりゃならねえ。
出来ない事を、残しておく事は避けるべきだ」
ライさんが自分に言い聞かせるように、
マギア様に続いて肯定する。
「科学者としても―――
検証不可能な記録を残されたら困りますしね」
「研究で一番厄介なものですからね、それ」
パックさんとシャンタルさんが、自分たちの
視点でうなずく。
「しかし、よくそんな先々の事まで
考えられるッスねえ」
「あなたも他人事じゃなくて……
いずれギルドを任されるようになるんだから、
ちゃんと学びなさい」
レイド君とミリアさんが夫婦として話す。
「じゃあ、今回―――
シンは動かないのか?」
そこでジャンさんが話を元に戻し、
「いえ、さすがに放置はしませんよ。
最前線で、直前まで突破してきた
ハイ・ローキュストは『無効化』します。
ですがそれまでは、新生『アノーミア』連邦が
『戦うべき』場面です」
話が一段落したと思ったところで、
ふわりと氷精霊様が宙に浮かび、
「わらわたちはー?
手伝う事はないー?」
「出来れば土精霊様、風精霊様と一緒に、
公都を守ってください。
ジャンさんも公都待機でお願いします」
私の言葉に、アラフィフと10才くらいの
同性が、
「えー?
俺は待機かよ、つまんね」
「あっあの、
ボクはシンさんの言う通りに……」
対照的な反応に、室内は苦笑に包まれた。
翌日―――
取り敢えず公都から出陣出来る魔狼ライダー組と、
ラミア族、獣人族、冒険者の選定を終え……
後方支援として料理の出来る人や、医療関係者を
募っていたのだが、
そこでパック夫妻に紹介された……
巨大な石材製であろう鎧騎士に私は困惑していた。
「あの、これは……」
「レムちゃん専用―――
騎士型汎用ロボットです!!」
胸を張って説明するパックさん。
体長は4メートルほどだろうか。
前回見た時よりも洗練された姿になっており、
騒動を聞きつけて、慌てて現場に急行したであろう
ライさんとジャンさんもそれを見上げる。
「この公都にはあと何があるんだよ」
呆れながらギルド本部長がつぶやく。
「ちなみにこれは17号です♪」
「ちょっと待て。あとコレ何体あるんだ?」
シャンタルさんの言葉に、支部長が思わず
聞き返す。
そこへ―――
こげ茶のようなブラウンのロングヘアーをした
女性と、彼女に引っ張られるように同じ色の
ダブルレイヤー風の髪形をした、童顔の男性が
やって来た。
「呼ばれたのはいいけど……
なんだいこりゃ?」
「ユ、ユーミ姉さんっ」
二人はドーン伯爵家の次女・次男にして―――
双子の姉弟。
ユーミ様とザース様だ。
「いえまあ、お呼びした理由はコレには
関係なく……
お2人に、新生『アノーミア』連邦まで
同行して頂きたいと思いまして」
私は二人に、件の事情を説明した。
「なるほどねぇ。
ハイ・ローキュストの大群が迫っているんで、
ザースには『浄化水』の現地生産を……
そんでもって、ワタシには前借りを使って、
不眠不休で状況を監視して欲しいって事か」
「はい。今回の作戦は長期戦が予想されます。
誰かが一貫して戦況を把握出来れば―――
それだけ状況に対応出来ますし、精神的な
負担も減ります」
フッ、と彼女は小悪魔のように微笑み、
「シンさんにゃ、ザースの件で世話に
なってるからね。
断るつもりはないよ。
ただザースの安全は保障してくれないと
困るぜ」
「は、はい。
それでザース様は―――」
少年のような外見をした彼は私に向き直り、
「もちろん、行きます!
このような時でもなければ、シンさんに
恩返し出来ません!」
「それで、出発はいつ頃になるんだい?」
ユーミさんの質問に答えるように、
ジャンさんがこちらへ振り向き、
「恐らく明日あたり、マルズ国から詳細を聞いた
ワイバーンの1人が戻ってくるだろう。
それから、ワイバーンの拠点に行って
戦力を引き連れてくるから―――
まあどんなに早くても5日後だな」
私は彼らのいる方向へ歩きながら、
「それであの……
その『17号』とやらも持っていくんですか?」
パック夫妻は巨大ロボットをバックにして、
「分解出来ますから。
各部品をワイバーンにそれぞれ持っていって
もらえれば」
「でもこれで! 絶対!
レムちゃんが活躍出来ます!!
必ずお役に立ちますから!
お願いします!!」
今回、パック夫妻にも戦力兼従軍医師として
同行をお願いしているので……
無下にも出来ないんだよなー。
「中に入って操縦するんでしょうけど、
レムちゃんの安全はどうなんでしょうか」
すると夫婦そろってガッツポーズのように構え、
「それは完璧です!」
「ハイ・ローキュストごときの攻撃なら、
傷一つ付けられる事はないでしょう」
まあここまで言うのなら安心かな?
私はうなずいて、
「わかりました。
『病院箱』も持って行ってもらう事に
なるでしょうから―――
ザース様と一緒に、医薬品の準備も
よろしくお願いします」
こうして私たちは出発に備え―――
各種物資の用意に追われる事になった。
「では、行ってきます」
「お気をつけて。
後方支援用の物資は準備を続けます。
そちらはお任せください」
60才ほどの、すっかり白髪になった短髪を持つ
相応の顔をした初老の男性が、髪と同じ色のヒゲを
さすりながらあいさつする。
元町長代理で、今は公都長代理となった、
クーロウさんだ。
「すいません。
なるべく早く片付けてきますので……
後はよろしくお願いします」
そして私は同行者と一緒に、アルテリーゼの
『乗客箱』へ乗り込むと―――
そのまま空へと旅立った。
「では、このまま我々は新生『アノーミア』連邦の
最西にある―――
マシリア国へと向かいます。
さらにその最西端の町で、連邦の用意した
戦力と合流。
そこでハイ・ローキュストの侵攻を
食い止めるつもりです」
同乗者は私の妻であるメル―――
魔族のグラキノスさん、
魔狼ライダー三組、ラミア族五名、
他は料理や雑務に人間と、ワイバーンと魔狼の
通訳用に獣人族を十五人ほど……
合計三十名弱を連れてきた。
(ラッチも癒し要員として今回は同行)
魔狼やラミア族の数が少ないように思えるが、
公都『ヤマト』のように亜人に免疫があるとも
思えないのと、
あくまでもこちらは援軍……
『お手伝い』という事で、あまり過剰な戦力を
連れて行っても、警戒されてしまうのではという
懸念もあった。
ちなみにシャンタルさんの『病院箱』には、
ユーミ様とザース様、そして医療スタッフが
二十人ほど乗り込んでいる。
またチエゴ国組は基本不参加となった。
留学組は未成年だから当然として……
ゼンガーさんやミーオさんも、まだ同盟して
いない他国の獣人。
後々問題になる可能性を考慮しての―――
政治判断との事だ。
「しかし、シン殿。
連邦はどれだけの軍を出すでしょうか?」
青色の短髪の男性が、横に細い眼鏡をクイ、
と直しながら口を開く。
「どちらかというとマルズ国が、ですね。
本国防衛のためにも軍を割きたくはないで
しょうが、代表国である以上―――
いくらかは出さないとならないはずです」
「まあ、こっちもワイバーンが10人いますし、
ドラゴン様も2人いるんだ。
何とかなるでしょう」
ボサボサの赤い短髪をした青年が答える。
魔狼ライダーのリーダーにして、リリィさんの夫、
ケイドさんだ。
会った当初は無精ひげのイメージが強かったが、
今ではそんな事もなく。
そして彼の言う通り、ワイバーンは10人ほど
同行してもらっている。
人、と言っているのは、全員人の姿になれる
メンバーを選出したためで……
これもあちら側に余計な警戒をさせない
ためである。
「それで、シン殿。
私とケイドさんの仕事は―――
防衛拠点まで接近してきたハイ・ローキュストの
相手ですね?」
彼の隣りに座っていた、ダークブラウンの長髪と
輝くような色白の肌を服の合間から露出させた、
魔狼の妻が質問する。
「はい、そうです。
ラミア族の方々と同じく―――」
「お任せを、シン殿。
ハイ・ローキュストごときに送れは取りません」
やや明るめのブラウンの長髪を持つ、
ラミア族のタースィーさんが、代表のように
ペコリと頭を下げる。
ちなみにエイミさんは、ロッテン伯爵家所縁の
者でもあるという事で……
今回は待機してもらっている。
「あ、そういえばリリィさん。
ケイド『さん』になったんだー。
前はケイド『様』だったのに」
ラッチを抱いていたメルが突然割って入り、
それまでの空気をクラッシュする。
「え、ええ。
彼が様付けは他人みたいだというので」
『ふふ、呼び捨てまで後一歩だのう』
「ピュッ!」
伝声管から、アルテリーゼも参戦し―――
微妙な空気のまま目的地への飛行を続けた。
「シン殿!」
「お待ちしておりましたぞ!」
先行していたワイバーン―――
『ハヤテ』さん、『ノワキ』さんの先導で、
道中一泊を挟んで目的地へとたどり着いた。
風精霊様がハイ・ローキュスト襲来の報を
伝えてから、すでに七日が経過しているが、
間に合ったようでホッとする。
町と思われる場所の門へ向かうと……
淡い紫色の短髪を持つ中性的な顔立ちの青年と、
真っ赤な長髪・長身の女性が出迎えてきた。
エンレイン王子とワイバーンの女王・ヒミコ様だ。
さすがに今回は連絡が行き届いていたのか、
スムーズに現地入り出来た……
と思っていたのだが、
その後、二人からの報告に頭を痛める事になった。
「200……ですか」
「は、はい。
それも、遠距離攻撃が出来るのはその中の
30人程度で……
本当に申し訳ございません……!」
仮設の司令所となった建物の中で……
深々と頭を下げて謝罪する王子を、何とか
全員でなだめる。
しかし、予想外と言うべきか、ある意味予想通りと
言うべきか―――
不運だったのは、マルズ国にもいわゆる『蝗害』の
記録があった事である。
そこでマルズ国王家は、本国防衛を最優先とし、
最悪でも首都・サルバルからハイ・ローキュストの
侵攻ルートを『反らす』事を決定。
軍や騎士団は元より、名の知れた冒険者も
かき集め―――
全てのリソースをそちらへ集中したのであった。
「その中にはもちろん、『マルズ国の風雷』……
クローザーさん・ナッシュさんも含まれている
わけですね?」
「その2人は多分、真っ先に確保されたかと」
「私まで首都に残ってくれと縋りつかれたのだ。
何を考えておるやら……
この国の王族も、救援要請と称してマルズ国へ
逃げたらしいでのう」
呆れながら王子と女王は語る。
しかし―――
蝗害を知っていれば当然の事かも知れない。
それを知ってなお、二百人も寄越した事を
英断と言うべきか。
「その援軍の200人は……」
そこで、金のロングウェーブの髪をした、
女騎士といった感じの女性が歩み出て、
「あなたが―――
『万能冒険者』、シン殿ですか。
ラヴェル伯爵家の次女……
ミヌエートと申します」
彼女は私とエンレイン王子の前に跪き、
「首都・サルバルをお救い頂き―――
心より御礼申し上げます。
あの時、首都におりました私の家族が
助かったのは、殿下とシン殿のおかげだと
聞き及んでおります。
その恩義に報いるため、私兵を率いて
はせ参じました。
どのような事でもお命じください!」
なるほど。義勇軍のようなものか。
それでも正規の訓練を受けた兵士の存在は心強い。
「あ、ありがとうございます。
今、偵察に出ているワイバーンがいますので、
彼が戻ってきてから指針を決めましょう」
レイド夫妻が『ハヤテ』さんに乗って、
『範囲索敵』を使って調査しているので、
その帰りを待って、本格的に動く事になった。
「シンさん!」
「どうでした、レイド君」
司令所に入ってきたレイド君が報告を始める。
「やはり西側から大群が迫ってきているッス!」
「まだ距離はありますが―――
少なくとも明日中には、ここに到達すると
思われます」
一緒に状況を見て来たミリアさんも言葉を継ぎ、
それを聞いた室内がざわつく。
結構ギリギリだったな……
「パックさん」
私がパック夫妻の方を向くと、
「『病院箱』・『乗客箱』―――
ともに町の中に入れてあります」
「『17号』はすでに外で組み立てて、
離れた位置に配置済みです」
次いで、私はエンレイン王子とヒミコ様へ
視線を送り、
「確認しますが―――
住人の避難は完了していますか?」
「ここより西側の村や周辺の集落の人間は
全員、町に退避させています」
「そこは抜かりない。安心してくれ」
最後に私はグラキノスさんと顔を合わせ、
「グラキノスさん」
「わかっています。
では、やりましょう」
そして室内にいた一行は、外へ出る事にした。
「こ、ここは大丈夫なのか?」
「ハイ・ローキュストの大群が来るとか―――
1万匹や2万匹じゃないって聞いたぞ?」
「あんな程度の援軍で防げるのか……?」
町に出ると……
やはりというか、不安が広がっていた。
人口はおよそ五百人程度の規模の町。
そこへ万を超える魔物の群れがやってくる……
恐れるなという方が無理だろう。
「では、手はず通りに」
「了解です。では―――」
私の言葉に、彼は両手を掲げるように
手の平を上空へと向ける。
ヒヤリと空気が冷たくなった気がした次の瞬間、
「なっ!?」
「こ、これは一体……!?」
「氷の天井!?」
住人たちが戸惑う声を次々に上げる。
巨大な半円形の氷のドームが―――
町全体を包み込むように現れたからだ。
「シン殿の指定通り、四方に人間が通れる程度の
出入口を設けました。
これで換気も大丈夫かと」
「ありがとうございます。
これだけの厚さの氷であれば―――
ハイ・ローキュストの侵入を許す事は
無いでしょう」
私がグラキノスさんと話し合っていると、
「シ、シン殿!!
これはいったい!?」
ミヌエートさんが駆け付けてきて……
魔族の彼が彼女へと向き直り、
「魔王軍幹部の1人、グラキノスと申します。
今回、エンレイン王子の要請を受け……
魔王・マギア様よりこの地を死守するよう
命じられた次第」
執事のように一礼する彼に―――
伯爵令嬢は口をポカンと開けていた。
「それで作戦ですが―――
昼夜に分けて切り替えます」
司令所に戻った私は、改めてメンバーたちに
今後の方針を説明する。
「まず昼間は、火魔法や火球を吐くワイバーン、
ドラゴンで遠距離攻撃をしてもらい―――
それを潜り抜けてきたハイ・ローキュストを、
レムの操縦する『17号』で削ります。
またそれすら抜けてきたのがいたら……
魔狼ライダーとラミア族が相手します。
町に侵入される事はないでしょうが、
後方に抜けるヤツがいたら、ワイバーンで
追撃を」
「我が兵は何をすれば」
エンレイン王子の質問に、
「魔狼ライダーとラミア族を護衛してください。
出来れば1人につき5人ほど。
またワイバーン・ドラゴンも含め―――
彼らが倒したハイ・ローキュストの数を
記録して頂きたい。
正確でなくても、大まかな数がわかれば
それで構いません。
そしてそれを、ユーミ様に渡して頂ければ」
「うぃっす」
片手を挙げる彼女の隣りで、弟は困惑した
表情になる。
「そして夜間ですが……」
「夜は離れた場所に、上空から真下にワイバーンに
火球を撃ってもらって―――
そちらへハイ・ローキュストを誘導します。
それ以外の明かりはおびき寄せる可能性が
あるため、火魔法は使いません。
そして石弾や風刃、電撃を火に向かって
撃ち込みます。
ワイバーンは風魔法も得意としていますので、
昼と夜の部隊に別れて……
攻撃に参加してもらいます」
「心得たぞ」
次に私はケイドさんとリリィさん、
タースィーさんに向けて、
「魔狼ライダー組は昼間だけ動いてください。
夜間はある程度ハイ・ローキュストを
誘導出来ると思いますので、その間に休息を」
「わかりました」
「ラミア族は半々に別れて―――
昼と夜の部隊を作って対応をお願いします」
「はい!」
今度はパック夫妻に向かい、
「レムちゃんの回収はどのように」
「夜間、火で誘導したスキをついてその時に」
「再び攻撃に移る際は―――
夜明け前に操縦席に入る事が出来れば、
大丈夫でしょう」
私はうなずくと、レイド夫妻の方を見て、
「レイド君には―――
範囲索敵をあらゆる方面で使ってもらうと
思います。
休息は1日8時間、どこかで自己判断で
必ず取ってください」
「わかっているッス!」
「アタシがついていますから!」
最後に、妻である2人の女性と視線を
合わせると、
「メルとアルテリーゼも、頼む」
「りょー!
気合い入れていっくよー!」
「任せておくがよい!」
「ピュピュッ!」
こうして、ハイ・ローキュストの群れの
撃退作戦が開始された―――
「撃て撃て撃て撃てえぇええっ!!」
「マジで何て数だよ!?」
「お、終わりがあるのか、コレ?」
翌日の昼より、ハイ・ローキュストの群れの
接近を認め―――
防衛戦が開始された。
火魔法が使えるのはおよそ15人ほど。
五月雨のように遠距離攻撃を仕掛ける中―――
氷のドームの上に陣取ったワイバーン、ドラゴンの
火球攻撃が群れに撃ち込まれる。
「―――!
―――!!」
前方、およそ200メートルほど離れた場所で、
ゴーレムのレムちゃんが操縦する『17号』が
暴れ回る。
単に物理攻撃だけかと思いきや、火炎放射器の
ような炎と、マシンガンのような連射武器で
群れを攻撃していた。
あの二人、何を搭載したんだか……
それでも何匹かがその横をすり抜け、
人間の魔法使いに迫り、
「ひ、ひいぃいっ!!」
「させるかぁっ!!」
襲い掛かるハイ・ローキュストを―――
ラミア族が手にした槍で串刺しに、
魔狼が足に食らいついて引き千切る。
「みなさん!
疲れたらすぐに引いて休んで!!
水分補給はこまめに行ってください!
先は長いですから、決して無理はせずに!」
喧騒と怒号が飛び交う中―――
防衛戦初日は過ぎていった。