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「さあ、ぱーっと歌おう」
そう仕切りだしたのは楓音だった。楓音はカラオケ店にはよく来るようで、ヒトカラも勿論友人といくこともあったみたいで慣れている感じだった。まあ、カラオケの何があれって、誰が歌い出すか先陣を切るかという問題だろう。
俺は、あまりきたことがなかったし、勉強ばかりしていたから息抜きというものは大切だと思う。
テーブルには各々ドリンクバーからとってきたジュースが並べられている。朔蒔は先ほどもLサイズのコーラを頼んだというのに、また同じものを頼んでいた。楓音はカルピスで、俺はオレンジジュース。そして、やはりと言うべきか朔蒔は俺の隣に座ってきた。楓音はもう慣れたようで、何もいわない。
「朔蒔は何歌うんだ?」
「ん?」
好奇心から聞いてみた。
朔蒔はカラオケ行ってそうだなあと初めこそ偏見を持っていたが、ゲームセンターといい、フードコートといい、いったことがない感じだったから。だから、カラオケも初めてなんだろうと思った。俺も中学卒業記念とかしかいったことがなかったが。
朔蒔が歌を歌う姿なんて想像できなかったから。でも、以外とロックなもの歌うかもとか期待している自分もいた。
「うーん、俺歌とか興味ねェし」
「は?」
俺は思わず反応してしまった。
なら、何のために来たのか。歌える曲がないのか、それとも本当に歌に興味が無いのか。場の空気が下がるようなことをいうもんだから、俺は矢っ張り此奴を連れてくるべきじゃなかった。と後悔した。でも、変に突っかかるのも危ないと、俺は遠回しに聞く。
「興味ねえって、歌が嫌いとか?」
「んー歌が嫌いっつゥわけじゃねェけど。曲をあんま知らないって方が正しいか」
「普段、何も聞かないって事か?」
「そー」
と、朔蒔は気怠げにいう。
まだ、俺は琥珀朔蒔という人間を理解しきれていないと改めて思った。まだまだ知らないことが多い。俺自身が壁を作っているのか。それとも、あっちが壁を作っているのか分からなかったが、踏み込めていないと思った。何だか不甲斐なさも感じる。
(音楽を聴く機器もないって事か? それとも……いや、でもスマホがあるしなあ)
わざわざ、音楽を聴くために音楽プレーヤーをかう必要も今の時代なくなったわけだし、じゃあ、矢っ張り音楽を聴くことはあんまりないと言うことか、と俺は考える。まあ、年も年だし、自分でかいたいものは、親に強請るんじゃなくて貯金や、バイトで貯めた金で買うだろう……朔蒔がバイトしているとは考えにくいけど。
(そもそも、面接で落ちるだろ)
失礼なことを考えつつも、朔蒔という人間に興味を持ち始めている自分がいる事に驚いた。あんなに、乱暴に扱われて、殴ったり犯されたりしたけれど、それでも、琥珀朔蒔という人間が頭から離れないのだ。悪い意味でも、良い意味でも。
「じゃあ、僕歌っていい?」
と、楓音が助け船を出してくれる。可愛らしく微笑んだ、楓音を見て、惚けていれば、ドンと朔蒔に脇腹をこつかれる。
「何だよ」
「べっつに~鼻の下伸してるんじゃねェかなって」
「何だそりゃ」
「星埜は、可愛いのがタイプ?」
「聞いてどうすんだよ。つか、楓音が歌ってくれるんだから、静かに聞けよ」
「へいへい」
朔蒔が結局何を言いたかったのか、分からずじまいで、楓音が入れた曲のイントロが流れ始める。楓音の容姿にあったポップでライトな曲だ。ボカロだろうか。俺は知らないけれど、楓音の可愛さ、アルトボイスがマッチしていて、凄い上手かった。楓音はマイクを握って歌う姿も、様になっていて、慣れているなあっていうのが伝わってきた。
初めは乗り気じゃなかった朔蒔も、2曲目になると「俺、これ知ってる」とか言って、口ずさんでいたし、なにげに楽しんでるんじゃ無いかなあって思った。ほんとに、無邪気に笑うものだから、あの凶暴な一面って何で出てくるんだろうって不思議になる。
「楓音、うまいな」
「えへ、ありがと」
歌い終わった後、拍手をして褒めれば、嬉しそうに笑った。その笑顔が眩しくて、直視できない。すると、隣から腕が伸びてきて、俺の肩を抱くように回される。
驚いて横を向けば、満面の笑顔で俺を見つめてくる真っ黒な瞳がある。ドキリとした。
(いや、ドキって……ないない)
俺は、頭の中でそう、否定しつつ、素っ気ないふりして「何だよ」と朔蒔に返す。
「ん~っや? 俺も、いいとこみせないとなァって思って」
「歌えないって言ってただろ、お前」
「歌興味ないって言っただけだって。星埜頭いーのに記憶力ねェの?」
と、ケタケタと笑う朔蒔。完全に馬鹿にされていると分かっていたが、俺は特別何も返さなかった。
何か焚きつけられてやりたいって思えるなら、この上ない幸せなんじゃないかって。きっかけって些細でいいわけだから……俺は、朔蒔を知りたい。
朔蒔は、俺の変化なんかに気づく様子もなく、タブレットを操作して、曲を入れていた。入れた曲は、一昔前のアニソンで、知っているような、知らないようななんとも言えないものだったが、朔蒔は楽しそうに熱唱していた。
(何だ、別に楽しそうじゃんか……)
何だか、ほっとしたような、俺も楽しくなってきたような変な気持ちになりながらも、俺も何か歌おうと曲を入れた。