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ギブソン殿下とパナシェ姫のご一行と、カーディナル皇太子殿下とクリス殿下は砦にある簡素な応接室で今後のことなどを話し合われている。
キール様と砦の責任者として師匠のシャムロックも一緒だ。
ガフ領主の父は、ガフ領最大の都市ネグローニに残り領地と領民を守っているので、いま砦には不在だ。
だから、わたしに領主代行で同席しないかとご提案頂いたが、辺境伯でしかも領主代行でしかないわたしには畏れ多すぎて、丁重にお断りをした。
それよりも今はしなければならないことがたくさんある。
急に増えた砦の来客やそうでもない人達をもてなすのに、まずは食事の用意だ。
とにかく、ほぼ全員が腹ペコなのである。
ガフ領の騎士団もカーディナル皇太子殿下の軍も国境で戦ってからすぐに砦に一緒に駆けつけて来てくださっている。
もちろん、途中で崩壊したマッキノン王派軍の捕われた者たちも山中を歩き回って、疲労困憊でお腹を空かせている。
腹が減っては…なんとやらと言うが、戦はすでに終わっている。
とにかく、いまは空腹が悪なのである!
外の片付けを精鋭部隊にお任せをして、砦の者総動員で、大人数の食事の用意だ。
戦場よりも激しく忙しい。
真の戦場は厨房だったのかも知れないと思ってしまうほどだった。
「やっと近衛騎士たちから解放された。手伝うよ」
「ラスティ!お疲れ様」
ラスティがやれやれという顔をして、戦場以上に激しい厨房に手伝いに来てくれた。
先ほどは遠目ではあるけど、近衛騎士に混ざって整列するラスティの無事な姿を確認していたけど、こうやって言葉を交わすと、昨夜の悪夢のような一夜や先ほどまでの戦が夢だったかのように思えてくる。
とりあえず、元気そうなラスティの顔にホッとした。
ラスティはギブソン殿下の近衛騎士に砦から王都までの帰路の説明をしていたようだ。
砦から王都までの道はしっかりとした整備はされていない。
農道のような道がほとんどだ。
いままでは、隣国マッキノンに万一侵略された時に進軍しにくいように、街道はワザと整備されていなかったが、平和に向かって前進するこれからは、ガフ領は街道の整備は最重要課題のひとつになるだろう。
各軍に食事を提供して、やっと一息ついた。
そしてみんな、勝利の酒だのなんだのと理由をつけて飲んで騒ぐのかと思いきや、夜通しの移動だったり、戦いの緊張だったりで限界だったんだろう。
お腹が脹れた者から、食堂や廊下の床に転がって寝出した。
こんな大人数の毛布は砦には準備がない。
いまが夏で良かったとつくづく思った。
わたしも片付けを終わらせて、静かになった食堂の空いている壁際にしゃがんだ。
それに気づいたラスティが横にきてくれた。
厨房ではゆっくり話せなかったので、ふたりで昨夜、沢で別れてからあったことを報告し合う。
ラスティは辛そうにわたしの髪の毛に目をやる。
「せっかく綺麗に伸びた髪の毛だったのに残念だな」
「大丈夫よ。またすぐに伸びるわ。それよりもお願いがあるの。あんまりにもバラバラな長さになっているから、切り揃えてもらっても良い?」
「ハサミはあるのか?」
「ここにあるわ」
落ち着いたら、誰かに切り揃えてもらおうと思っていたから、先ほどから騎士服のポケットに忍ばせていた。
それをラスティに渡し、切り揃えてもらうために後ろを向く。
ラスティが後ろの髪の毛を1束取って、また1束取ってザクッザクッとゆっくり切っていく。
「なぁ、シャン。クリス殿下にしてもらえばいいのに」
「何を言ってるの。クリス殿下に切ってもらうなんて、畏れ多すぎて考えられないわ」
「そういうものなのか?」
やっと、長かった戦いが終わった。
長年、ニコラシカをいやガフ領を苦しめてきたマッキノン王が失脚した。
それでも手放しで喜べないのは何故なんだろう。
もちろん、これから始まる戦後処理や平和条約締結に向け、忙しくなるのはわかっている。
パナシェ姫もクリス殿下も人質生活はこれで終わるのだろうか。
今後、クリス殿下はどうするのだろうか。
ガフ領に来た理由はわたしのことを好きになったから婿に来たのだと話してくださったけど、クリス殿下は王族だ。
実際はガフ領に婿に来るだなんて、現実的でないと頭でわかっている。
いまなら、「わたしの死体をよろしく」と言った意味もわかっていないはずだ。
この想いを伝えられただけで十分。
いずれにしてもクリス殿下がガフ領を離れる日は近い。
そうすれば、再び会えなくなるのだろう。
そんなことをぐるぐる考えていたら、徹夜だったので酷く眠気が襲う。
「ラスティ、ごめん。ちょっと横になる」
そう言って、床に寝転んだ。
「おい、シャン。領主のひとり娘がここで寝るなよ」
「大丈夫。ラスティもいるんでしょう?ラスティが側いれば大丈夫よ」
酷く眠たくて、目を閉じて喋る。
「なんか…寒い…」
ここで眠気に勝てずに意識を手放した。
俺の横で気持ち良さそうにスースーと寝息を立て始めたシャン。
本当は膝枕をしてやりたいが、シャンに触れることをグッと我慢する。
さっき、髪の毛に触れていただけでも、髪の毛に口づけをしたい衝動に襲われた。
無防備に俺の隣は安全だからと眠るシャン。
彼女の信頼を裏切らないためにも俺も寝てしまおうかと思うが、いまは心臓がうるさくて、眠れそうにない。
「うっ…うう…」
シャンが夢にでもうなされているのか寝言を言う。
その顔をみれば、明らかに顔が赤かった。
発熱か?
そっと、シャンの額に触れる。
少し汗ばんだ額は、間違いなく発熱している熱さだった。