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※今回のお話は、さすがにヒロインも少しは頑張ります(多分)
*
──数分後。
「……はぁ、はぁ……」
「……ったく……次こそ……
ちゃんと攻略するんだから……
ヒロインは、優雅に歩くものよ……」
私は震え声でそう呟きながら、
ボサボサになった髪を手で無理やり整えようとしていた。
先ほどの理不尽な大発狂(主に辰夫へのキレ散らかし)の影響である。
手ぐしで直そうとすればするほど、
この奈落に充満する高濃度の魔力と静電気の影響で、
逆に立派なアフロヘアへと育っていく。
というか、もはや質量を持った別の生き物のようにすら感じられる。
最悪だ。
「サクラ、その頭……タンポポの綿毛みたいで可愛いよ」
私の横を歩くカエデが、頭上のアフロを見上げながら呑気に言った。
「カエデ、それ褒めてない」
私がジロリと睨むと、カエデは「あ、そっか」と天然の笑顔を向けた。
「ククク……哀れな狂王よ」
ツバキが右目の包帯を押さえながら、
風もないのにマントを翻すような、
無駄にスタイリッシュなポーズで鼻で笑った。
ちょっと腰を落としすぎているせいで、
プルプルと太ももが震えているのが見える。
「己の毛根すら制御できぬとはな。
貴様の頭上に頂くは、闇の引力に囚われし
『膨張する混沌(アフロ・カオス)』か?
それともただの鳥の巣か?」
「ツバキうるせー!! 日本語しゃべれ!! あと足ぷるぷるしてんぞ!!」
私はツバキの肩をポンと押す。
ツバキは「おわっ!?」と情けない声を出して体勢を崩した。
懐かしいやりとりだわこれ。
「『狂王、自らの怒りで新たな髪型(アフロ)を開眼す』……っと」
「ローザ、そのメモ今すぐ燃やすわよ」
後ろでカシャカシャとペンを走らせる侍女を睨みつけながら、
私はアフロをボフッ、ボフッと揺らして延々と歩き続けた。
──そして、異変は来た。
ズ……ズ……。
裂け目の奥から、
これまでとは異なる濃い瘴気が漂いはじめていた。
「……あ?」
私は反射的に足を止めた。
空気の質が──違う。
これまではせいぜい薄暗い幻覚と魔力の残滓だった。
だが今、肌にじわりと張りつくような、
ヘドロに顔を突っ込んでいるかのような、
粘り気のある瘴気が満ちはじめている。
息を吸うたびに、喉の奥が鉄の味でざらついた。
「ちょ、ちょっとアフロお姉ちゃん……これ……」
エスト様が、不安そうに私の袖をぎゅっと掴んだ。
バチィッ!!
「あだっ!?」
「痛っ!?」
私のアフロに蓄積された静電気が放電し、
エスト様の指先で青白い火花が散った。
エスト様が涙目で指を押さえている。
アフロが完全に凶器として定着していることに内心涙しつつ、
私は自然にエスト様の前に出た。アフロがワサッと揺れる。
「……下がって。エスト様は前に出ないで」
「辰夫、辰美。なにか感じる?」
#主人公最強
しめさば
2,152
「……これは……」
辰夫の声が一段と低くなった。
「魔力の乱れ方が異常です。
……層の一部に異常な”歪み”が生じている。
その影響で、瘴気や幻覚の質が高まっていると思われます。アフロ殿」
「歪み……」
私はあえてツッコミを飲み込み、辰夫に視線を向けた。
──アフロも、じっと辰夫を睨んでいた。
辰美も表情を引き締めて前に出る。
「うわ……なんか、ぞわぞわするよ……アフロさん」
「お前もか辰美」
ほんの数歩進んだだけで、異変はさらに強まった。
裂け目の壁。
その「縫い目」が、
今までのようにただ脈打つだけではなく──
不規則に、うねるように動いていた。
濃密な魔力のせいで、
私のアフロがさらにバチバチと逆立ち、限界まで膨張していく。
「……これ、やっぱり変だよ……」
辰美が小さく呟いた。
「うむ……これは……普通の魔力干渉だけじゃ説明できない」
辰夫が眉をひそめる。
「我が知る限り、
縫い目は層の構造そのものを維持している……
それが今、局所的に崩れはじめている」
──その時だった。
ズズ……ズ……ッ……!
壁の縫い目が突然、大きく開いた。
「ッ……!?」
裂けた空間の奥から、冷たい風が吹きつけた。
その風が触れた瞬間──視界が、白く塗り潰された。
──幻覚……来た!
「ッ、またかよ……ッ!!」
拳を強く握りしめた。
今は考えている暇はない。
私は迷わず一歩踏み出した。
*
──奈落の縫い目・第一層、最深部。
そして、その先に、それはいた。
巨大な影。
だが、それは”形を定めていない”。
無数の影が幾重にも折り重なり、
見る者によって姿を変えるような、おぞましい揺らぎ。
「……これは、幻視の悪魔《ヴァエル》……」
辰夫が静かに、しかし警戒を露わにして言った。
「「「……ッ!!」」」
全員が同時に息を呑む。
「存在自体が不定形。
”見る者の心”によって、姿と力を変える存在。
……本来はこの層を守護する側だったはず。だが今は……」
辰夫が言い淀む。
「……瘴気に、侵されている……」
「見る者の心によって……?」
私が呟くと、背後から悲鳴が上がった。
「ヒッ……!! 待って、嘘でしょ!?
なんで『黒いサクラ』がそこにいるの!?」
ツバキが顔を覆って後ずさる。
「え? 大きくて黒い餃子じゃないの……?
焼いたら美味しそう……」
カエデが口元を押さえた。この極限状態でもブレない。
「お姉ちゃん!
あれ、『お姉ちゃん(黒色)』だよ!
おやつ抜きの刑を宣告しにきた悪いお姉ちゃんだよ!」
エスト様が杖を構えて涙ぐんでいる。
「……サクラ殿(黒色)……。
まさか、あの時のドラゴンスクリューをもう一度……?」
辰夫がガタガタと震え出した。
「ああ……! 黒いサクラさんも素敵です! 踏んでください!」
辰美が目を輝かせて祈っている。
「『聖女様、黒き狂王の幻影に立ち向かう』……っと!」
ローザがペンを走らせる。ローザにも黒い私が見えてるらしい。
……ちょっと待て。
カエデ以外ほぼ全員、黒い「私」が見えてるじゃないか。
「なんで!? 私、みんなのトラウマなの!?」
私が思わずツッコミを入れると、
ツバキと辰夫とエスト様が全力で頷いた。
「「「トラウマです」」」
「即答すな!! 辰美とローザのベクトルはおかしいし!!」
そして私には──元の世界で、私を地獄の底まで追い詰めたブラック企業のお局様──『綾小路綾子(綾様)』の姿に見えていた。
「ひぃっ!? あ、綾さ──」
《報連相はどうしたの》
綾様が無表情で語りかけてくる。
「す!すみません!すぐにご報告させていただきます!」
《今年度の評価は最低です》
「いやぁああああああああああああああああ!!!」
「(……落ち着け。幻覚だ。綾様だったら反射で土下座してる!あの圧までは再現されてない!)」
……しかし。
気づいた。
──私はすでに、膝をついていた。
「ひぃいいいいいいい!?」
背筋が伸びる。
声のトーンが勝手に整う。
「お疲れ様です!!」
──やめろ。
体が勝手に会社に行くな。
そして、ヴァエルの影が、私ではなく──アフロに向かって蠢いた。
「……は?
え、そっち攻撃対象なの!?」
アフロがバチバチと威嚇している。
ギィィィィィ……ン!!
耳を劈くような音が響き、
幻覚の断片が一斉に襲いかかってくる。
「ッ、暴走してる……」
私はゆっくりと構えた。アフロもワサッと揺れる。
私とみんなのトラウマを、ここでぶっ潰す。
「エスト様、カエデたちと一緒に下がって!」
「う、うん……!」
──バトル開始。
(つづく)