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第6話:沈黙のフーガ
再生ログは、たった「0.00」秒を記録していた。
音は流れていない。
それなのに、再生ボタンを押した者は——死んだ。
EDM試聴室の天井照明が、僅かに軋む音を立てた。
その下で、ナナセ・ツグルは静かに椅子に座っていた。
制服の上に羽織った灰色の防音ジャケット。
髪は無造作に落ちているが、右耳の音符型ピアスが電子装置と連動しており、
脳波の変化をリアルタイムで測定できるようになっている。
目の前のコンソールには、ひとつの警告が点滅していた。
> 【code_name:沈黙のフーガ】
種別:EDM(無音系)
試聴前:死亡3名、記憶消失2名
再生時間:0秒
状態:未分類
「音が出てないのに死ぬ。
それってもう、“音楽”じゃなくないですか?」
その声に振り向くと、そこには試聴監督官カツラギ・セナが立っていた。
長身で細身、黒と緑のツートンのアシンメトリーヘア。
両耳には半透明のイヤーカフを重ねづけし、白い研究用ロングジャケットの裾が足元で波打っている。
「無音系EDMは、“再生操作”そのものがトリガーなんだ。
曲は流れてない。でも、“曲が存在した”という事実が、脳の音響処理領域を焼く。
つまりこれは、存在するはずの音による自己崩壊」
ツグルは、震える手で再生装置を起動する。
ヘッドホンの中は、まっさらだった。
音は、何も鳴っていない。
しかし、次の瞬間——空気が異常に“静か”になった。
その沈黙には「中心」があった。
自分の鼓動すら、音ではなく“記憶”としてしか感知できない。
——そしてその記憶が、剥がれていく。
視界の隅が白く染まり、誰かの名前を忘れる。
父の顔が思い出せない。
ツグルは震える指で、強制停止ボタンを押した。
再生時間は、0.00秒のまま。
休憩室で、セナが温めたスープを差し出す。
「……ツグル。おまえ、ドラックミュージック聴いてたことあるか?」
ツグルは答えない。
セナは続ける。
「ドラックは“感情を与える音”だ。
笑わせる、泣かせる、安心させる。
でもそのせいで、本当の感情がどんどん見えなくなる。
だから、ドラック依存のやつは、
“自分が何を感じてたか”を知りたくて、EDMに手を出すことがある」
沈黙のフーガ。
それは、ドラック漬けの脳が初めて“本物の無”と出会うための曲だったのかもしれない。
夜。
ツグルは家の片隅にある旧型の再生デバイスを取り出す。
父が遺した未再生ファイルの一つに、こう記されていた。
> 「ドラックに奪われた感情は、EDMで葬るしかない」
曲名:《emotion_final_test》
試作形態:無音・逆構造連打型
「……沈黙の先に、何があるんだよ」
ツグルは目を閉じ、再生準備を始めた。
🌀To Be Continued…