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「春ちゃん大丈夫?」
「ってぇ……」
「ほ、本当にすみませんでした」
叩かれた左頬は赤く腫れ上がりジンジンと痛みを訴えている。
少女の母親は何度も深く頭を下げて、俺に謝ってきたが確かに知らない男と子供が歩いていたら誘拐犯や変質者に思われても仕方ないだろうと、俺は水に流すことにする。叩かれたことを怒っているわけでも、勘違いされたから怒っているわけでもない。
「お母さん」
少女は、母親の服を引っ張って母親の顔を見上げていた。母親は、ようやく落ち着いたのか本当に安心したと言うような表情を浮べていた。
「本当にすみませんでした。娘を助けてくださったのに」
「いえ、当然のことをしたまでです」
俺は何とか笑顔を取り繕いつつ、母親の謝罪を受け入れた。
少女が事の経緯を話してくれたから助かったのもあるし、母親が意外と常識人であったことも救いであった。普通なら理性を失って罵ったりしてくるものだろう。
(少なくとも、俺の出会った人の中にそういう人がいたから)
自分の子供に限らず肉親がいなくなるということは、耐えがたいことだろう。我を失って怒りをぶつけるのも分かる。そういう人をここ数年で何度も見てきた。
それから母親は、俺に再度謝罪をし、少女が帰ってこずに下校時間をちょっと過ぎたらへんから探していたと教えてくれた。何度も最近捌剣市では少女の失踪事件が増えているらしい。失踪というより、きっとそれは誘拐なのだろうが。
「まさかうちの子が狙われるなんて思っていなくて……本当にありがとうございました」
母親はもう一度深々とお辞儀をして、少女を連れて帰ろうとしたが少女は動こうとしなかった。
どうしたのかと思いながら、少女を見れば不安そうな顔をしながら俯いていた。少女の様子を見て察したのであろうか、母親はどうしたのかと足を止める。
「あのね、あのね。探偵のお兄さん」
「どうしたんだい?」
「私に声をかけてきた人、多分男の人だったと思う」
そう少女は口にした。
思い出したくもないだろうに、足を止めてまで俺に情報を伝えてくれた。それは、母親が言った少女失踪……誘拐の件でこれ以上被害者が出ないように、俺に犯人を突き止めて欲しいと言うようにも思えた。少女の目には正義が宿っているように思えた。
「ありがとう。必ず、その犯人を捕まえるよ」
「ほんとうに?」
「本当さ、俺たちで犯人を捕まえる。君みたいに、悲しくて怖い思いをする人がいなくなるように」
そう言って、俺は少女の頭を撫でた。少女は不安げながらも優しく微笑んで「約束だよ」と口にした。そうして、しゃがみ込み、足下でうろついていたマモの頭を撫でた。マモは嬉しそうにニャーと鳴いて、少女に頭をすり寄せていた。
そんな様子を微笑ましく見ながら、それでは。と頭を下げて少女と母親は俺たちに背を向けて歩き出した。
「な~に、かっこつけちゃってんの春ちゃん」
「うっせえ」
母親達が見えなくなったところで、それまで黙っていた神津が口を開いた。
こいつは、俺が女の子の前で格好つけたことを弄ってきた。俺が子供と話しているところを見たことが無いからだろうか。子供は苦手というよりかは、扱いが分からないためいつもより挙動不審になってしまうが、怖がらせないために繕う。そんな俺を見たことが無いからだろうか、神津はものめずらしそうに俺を見ていた。
それにしても、あの子から得られた情報をどう活かすべきか……。俺は考え込むように顎に手を当てた。
(犯人は男。少女や母親の話を聞けば、狙っているのは八歳の少女……)
情報はたったそれだけだが、何だか嫌な胸騒ぎがした。昔のことがむせ返ってくるような、酷く心地の悪い感覚。
(まさかな……)
そう思いつつ、じっと先ほどから俺を見つめている鬱陶しい神津の視線に答えるべく振返る。
「何だよ。何か文句あんのかよ」
「う~ん、春ちゃんが『俺が』解決するじゃなくて『俺たち』が解決するって言ったから」
「だから、何だよ」
何を言いたいのか、まさか手伝ってくれないわけではないだろうという意味を込めて神津を睨んでやれば、彼は肩をすくめた。
「僕、春ちゃんによっぽど信頼されてるんだって嬉しくなっただけ」
「嬉しそうに見えないなあ」
「変な事件に足突っ込んで大変な目に遭わないか心配しているんだ」
と、神津は俺に笑いかけた。
ああ、こいつ、俺のことを本当に子ども扱いしてんのかと呆れてしまったが、ここで反発すればまたからかわれるに決まっている。それに、笑ってはいるが、俺にだけ心配性を発動する神津のことを考えると、その笑みも心配の意味を含んでいるのではないかと思った。
「大丈夫だよ」
「何が」
「お前がいるからな。俺とお前のタッグは最強だろ?」
「随分とまあ、自信たっぷりな顔で」
「それに、俺が大変な目に遭ってもお前が助けに来てくれるって信じてるから……勿論、お前がピンチな時は俺が助けるつもりでいる」
そんなことがないことを祈るが。と、心の中で思いつつ、俺は、だろ? と神津に同意を求める。
すると、神津は一瞬目を丸くさせた後、「ふっ」と吹き出すように小さく笑う。
そして、そうだね。と呟いた。
「春ちゃんが困ったときは僕が助けに行くよ」
そう言う彼の表情は、本当に安心しきったもので、俺も釣られて笑顔になる。
俺たちは互いに顔を見合わせて、それから、どちらからと言うわけでなく、拳を突き合わせた。
「よろしく頼むぜ、相棒」
「任せといてよ、春ちゃん」
そう言って笑い合う俺たちの間で、マモが呆れたように、にゃあぁ……と鳴いていた。