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「おい、こら引っ掻くなよ」
「ほ~ら、マモちゃん怖くないよ~」
ゆらゆらとそこら辺に生えていた猫じゃらしをちぎった神津は、俺の腕の中で暴れているマモの注意を逸らすために猫じゃらしを揺らす。
すると、マモは面白いくらいにその動きに反応して、飛び跳ねるようにして、猫じゃらしを追いかけた。神津は楽しそうにマモをからかいながら、マモの興味を引くように猫じゃらしを動かしていた。だが、このままマモを落としてはまた逃げられそうだったため、俺は必死にマモを抱きしめていた。黒い毛並みがくすぐったい。
「安護さんに連絡入れた? 早く見つかったから今から届けに行く? それとも、事務所に来てもらうの?」
「事務所に来てもらうのはあれだからな、このまま連れて行くつもりだ」
神津の質問に答えつつ、俺は先ほど安護さんにマモが見つかったと連絡を入れておいた。安護さんは「そうでしたか。ありがとうございます」と返信を返し、事務所まで伺おうかと言ってくれたが、安護さんの家はここから近いため、事務所に帰るよりそのまま家に行った方が早いと判断をした。
ふーんと、興味なさそうに神津は猫じゃらしを振っていた。そんな風にマモを安護さん宅まで届けている道中目の前から女子高校生らしき二人組が歩いてくるのが見えた。俺たちはぶつからないようにと一列になる。
(あの灰色のセーラー服は、確か……)
揺れる白いリボンと、灰色に統一してあるセーラー服を横目で見ながら通り過ぎる。別に珍しいわけではない。ただ、捌剣市と隣町の双馬市には三大高校と呼ばれる有名私立高校がある。その内の一つが確か灰色の制服だったと、ぼんやり思い出したのだ。
そう、珍しくはないが久しぶりに見るそのセーラー服に、俺は何故か妙な懐かしさを感じた。俺が通っていたのはそこではなかったが、近場に会ったこともありそのセーラー服は見慣れていた。確か、女子校から共学になった学校だったはずだ。
そんなことを思いながら歩いていると、すれ違い様、女子高校生の一人が足を止めて振返った。
「マモ?」
女子高校生の一人がそう呟くと、それに反応するようにマモが俺の腕の中でまた暴れ出した。
「おい、だから暴れんなって」
暴れるマモを抑えようとしたその時だった。ブンッと目の前に何かが振り下ろされ顔を上げれば、竹刀が目の前に突きつけられていた。その竹刀を持っている少女はこちらを睨みつけている。突然のことに固まっていると、彼女は口を開いた。
「そいつは、アタシの家族だ。返せ!」
と、信じられないぐらい低い声で叫ばれ俺は思わずビクついた。
そして、彼女の声に驚いたのか腕の中でマモが暴れ出し、俺は慌ててマモを落とさないよう抱え直す。
そんな俺を見て、目の前の少女は更に怒りを露にした。俺はどうしたらいいかわからず、口を開こうとすれば、それを遮るように神津が俺を後ろに下がらせ前に出た。
「ちょっと落ち着きなよ」
「……?」
「君、安護さんの娘さんだよね」
そう神津が言うと、少女は何故? とでも言わんばかりに目を丸くして竹刀を下ろした。
「君のお父さんからこの黒猫、マモを探すように頼まれていたんだ。ちょうど届けに行くところだったんだよ」
と、神津はにこりと笑っていた。だが、いきなり竹刀を突きつけられた俺の心情を察してか怒っているようにも思える。
黒髪の少女は、そうだったのか。とぼそりと呟いて、竹刀を背中に戻した。
「綾子《りょうこ》ちゃん焦りすぎ~」
暫く俺たちの間に沈黙が続いていると、黒髪の少女の後ろからヒョコリと蜂蜜色のツインテールの少女が顔を出した。キラキラとした大きな瞳に、化粧をしているのだろうか、幼さが残りつつも大人びた印象の方が強く受けた。しかし、女子高校生という枠からははみ出しているような、読モのような普段メイクではない気がした。
綾子と呼ばれた少女は、少し嫌そうに、自分の肩に手をかけている少女の手を払ってため息をついた。
俺もようやく冷静さを取り戻し、神津の言ったとおり、綾子、黒髪の彼女が安護さんに見せてもらった写真に写っていた少女であることを理解した。あの写真は少し前のものなのか、目の前の彼女は成長していたが、そのキツそうな目を見れば安護さんの娘なのだと言うことが分かった。
「ごめんなさぁい、綾子ちゃんピリピリしてて。お兄さん怪我なあい?」
「え、ああ、大丈夫だ」
安護さんの娘ではなく、ツインテールの少女がぺらぺらとしゃべり出し、俺たちは顔を見合わせて困惑した。安護さんの娘は先ほど竹刀を俺に向けたことを悔いているのか、少しばつが悪そうなかおをしていた。
それから、誤解を全て解くべく俺は一から事の経緯を話し、安護さんの娘、安護綾子《あごりょうこ》に納得してもらった。彼女は少し驚いたような表情をしていたが、父親の善意を知ってか、俺に頭を下げた。
「先ほどの無礼を謝罪させて欲しい」
「いや、んな気にしてねえから」
「……アタシが気にする」
頑に頭を下げたまま上げない、頑固な綾子を見ながら俺は苦笑いを浮べることしか出来なかった。
安護さんもそうだが、誠実な人なんだという印象を受ける。子は親に似るというからな、と納得しつつ俺はずっと頭を下げ続ける綾子に、もう大丈夫だからと伝えると、ゆっくりと顔を上げた。
その目はやはり、俺を睨んでいた……睨んでいるように見えた。
「本当にすまなか……すみませんでした。父の依頼を受けて、マモを探してくれたのに」
と、綾子はまた謝ろうとするが、その言葉を止めて神津が笑顔で口を開いた。
「まあ、もう見つかったんだし、春ちゃんも許してるんだしいいんじゃない?ね?春ちゃん」
「あ、ああ。そうだ、マモが君の家族が見つかってよかったじゃないか」
そういえば、綾子は目を輝かせて、ほんの少し口角を上げた。そんな綾子を見てか、俺の腕の中からマモがひょいと飛び出して、彼女に抱き付く。
彼女はマモを家族と言ったが、マモもまた彼女を家族と認識しているのだろう。懐いているのがよく分かった。
「マモ……」
綾子がマモを抱きしめれば、マモは嬉しそうに、にゃぁとん鳴いていた。
すると、その様子を見ていたツインテールの少女がまた顔を覗かせて俺と神津の顔をジロジロと凝視してきた。
「お兄さん達って、探偵さんなんだよね」
と、蜂蜜色のツインテールを揺らして聞く少女。
俺は神津の方を見てどう答えようか迷っていると、神津はにっこりと笑って少女を見た。
その様子に少女は首を傾げていたが、何か思いついたのか、手を合わせてポンッと音を鳴らした。そして、神津に近づき、下から覗きこんで上目遣いで神津を見る。
「何かな?」
「藤子、お兄さんのことしってる。神津恭さんでしょ。数年前までプロのピアニストとして活躍していた」
少女がそう言うと、神津はにこやかな笑顔のまま「よく知っているね」と返した。
少女もニコニコと神津の笑顔に答えるように笑っていた。だが、そんな少女のかたをグッと掴んで綾子は彼女を一歩下がらせた。
「お前失礼だろ」
「なんで?」
「一応、アタシと父さんの恩人? なんだから、名前ぐらい名乗らないと」
と、綾子は少女に言い聞かせると少女な納得したように、それでいて面倒くさそうにこちらを向いた。
「改めて、アタシは安護綾子《あごりょうこ》。本当に、マモの事探し出してくれてありがとうございました」
「藤子は、綾子ちゃんのお友達の、高賀藤子《こうがふじこ》っていいます」
そう言って二人は俺達に挨拶をした。
俺たちはそんな女子高校生二人の自己紹介を聞きながら、自分達もした方がいいのではないかと、顔を見合わせる。
「俺は、明智春。捌剣市の端の方で探偵事務所で探偵業をしている。依頼があればいつでも」
「僕は、神津恭。春ちゃんの相棒で、フリーで依頼を受けていたりするね。よろしく」
と、俺と神津は交互に自己紹介をした。
人の前でも俺の事を「春ちゃん」なんて呼びやがってと睨み付けたが、彼は俺の事を気にする様子もなかった。それに、彼はまた自分の名前を「きょう」と言っていた。何か意図があったのか、本当に周りにはそういう風に言っているのか分からなかったが、本名を知っている俺からしたら何故? と疑問しかない。
二人は、いい名前ですね。何てお世辞を言いつつ、帰りが遅くなるのでと俺たちに挨拶をした。マモは綾子の腕の中でスヤスヤと眠っておりとても気持ちよさそうだった。
「おう、気をつけて帰れよ」
そう俺は二人を見送ったが、ピタリと藤子の方が足を止めてこちらを振返った。何だろうと瞬きしていると、妖美な笑顔を俺たちに向けて口を開いた。
「探偵さん達、よければこの街で起る爆破事件解決してみてくださいね」
「それは、依頼か?」
と、俺が聞けば藤子はそうですねぇ~と、ニヤニヤと笑っていた。きっとからかっているのだろう。俺が猫や人捜ししか依頼されない探偵だから。
そんなことを考えて少しイライラしつつ、藤子の言葉で神津が少し前に言っていた爆破事件のことを思い出した。あの後もやはり度々起っているようで、まだその犯人は見つかっていないとか。
(つか、彼奴すげえ香水の匂いしたな……普通あんなつけもんなのか?)
そうこう考えている内に、あの二人は見えなくなってしまい、俺と神津だけが残った。
「どうした?神津」
「……うん?いや、何でもないよ。春ちゃん」
横を見れば、何か考え込むような険しい顔をした神津が、女子高校生二人が歩いて行った道を見つめていた。だが、俺が名前を呼べばいつものケロッとした笑顔を俺に向けて、首をこてんと傾けた。見間違いかと俺は神津が見ていた道に視線を移した。何の変哲もないアスファルトの道が続いているだけだった。
うーん、と神津は俺の横で背伸びをしながら「帰ろっか」と、俺に言った。
「春ちゃん今日夕ご飯何食べたい?」
「茶漬け」
「安上がりだなあ。じゃあ、梅茶漬けにする?」
「お前に任せる」
りょーかい。そう神津は言いながら俺の手に、俺より一回り大きな手を細い指を絡めた。