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第十四話:小雪の氷彫と、静寂の別館
宿の廊下を歩いていると、不意に足元から這い上がってくるような寒気を感じた。見れば、別館へと続く渡り廊下の床が、薄っすらと白く、まるで霧が凍りついたかのように結晶化している。
その冷気の源に、彼女はいた。
「……あつい。……溶けて、しまう……」
小雪だった。銀髪を乱し、壁に力なく背を預ける彼女の肌は、いつも以上に透き通っており、指先からは零れ落ちるように冷気の欠片が剥がれ落ちている。彼女が守護する別館の氷室は、本館の熱気に押され、その形を保てなくなっていた。氷室が崩れれば、雪女である彼女の居場所はなくなり、その存在さえも陽炎のように消えてしまう。
「小雪、大丈夫か? 顔色が悪いぞ」
僕が駆け寄り、彼女の肩に手を置こうとした瞬間、凄まじい衝撃が走った。僕の角から溢れる「熱」と、彼女の身体から漏れ出す「極寒」が激しくぶつかり合い、パチパチと空間を裂くような音を立てる。
「……あるじ。力を。……私の、場所……直して……」
小雪は、感情の読めない瞳で僕を見つめると、冷たい指先で僕の腕を掴んだ。そのまま、彼女に導かれるように別館の最深部、巨大な氷の扉が閉ざされた「氷室の間」へと向かった。
扉を開くと、そこは別世界だった。
かつては巨大な氷柱が林立し、あやかしたちが酷暑を避けて憩う「蒼の宮殿」だったはずの場所。だが今は、氷は痩せ細り、天井からは水滴が絶え間なく滴り落ちている。氷室の崩壊は、宿の陰陽のバランスが崩れている証左でもあった。
「……ここで。深く。……私の内側に、熱を……。反転させて、氷にする……」
小雪はそう呟くと、静かに自らの着物を滑り落とした。冷気の中で露わになった彼女の肢体は、極上の薄氷を削り出したかのように美しく、そして危うかった。
彼女が求めるのは、僕の三色の霊力を、彼女の「氷の核」へと直接注ぎ込み、その衝撃を妖力に転換して別館を再構築すること。
僕は、冷え切った彼女の身体を抱き寄せた。
触れた瞬間、肌が焼けるような錯覚に陥る。あまりの冷たさは、時に熱よりも激しい痛みを伴う。だが、僕が力を込めると、彼女は小さく震え、僕の首筋に顔を埋めた。
「……もっと。……壊れる、くらい……」
氷の床に横たわり、僕は彼女の中へと自らを沈めた。
その瞬間、別館全体が鳴動した。僕の三色の熱と、小雪の絶対零度が交差する一点から、凄まじい圧力が放射される。
「くっ……! 小雪、身体が……!」
「……耐えて。いい、感覚。……流れてくる、王の証……」
まぐわいの度に、僕の角から放たれる熱い霊力が、小雪の身体を媒介にして青白い「冷気」へと書き換えられていく。僕が腰を叩きつけるたび、痩せ細っていた氷柱が一気に成長し、天井に向かって鋭い牙のように伸びていく。滴っていた水滴は空中で結晶となり、ダイヤモンドダストのように部屋中に舞い散った。
それは、お凛との泥にまみれた野生の交わりとは対照的な、あまりに静謐で、それでいて破壊的な快楽だった。
神経の一本一本が凍てつき、感覚が研ぎ澄まされていく。絶頂が近づくにつれ、小雪の瞳に微かな「熱」が宿り、彼女の頬が初めて桃色に染まった。
「……満ちた。あるじの、熱……。私の、氷……ひとつに……」
絶頂の瞬間、僕の放った霊力が小雪の中で飽和し、別館全体を揺るがす青い閃光が走った。
視界が開けたとき、そこは完璧な「大氷室」へと変貌していた。
壁はどこまでも澄んだ氷の層で覆われ、中央には僕と小雪の姿を模したような、見事な氷の彫像がそびえ立っている。宿全体の熱気は適切に分散され、心地よい涼風が廊下を吹き抜けていく。
小雪は僕の上で、静かに吐息を漏らしていた。彼女の身体からは、以前のような消え入りそうな冷気ではなく、確かな芯の通った力強さが感じられた。
「……ありがとう、あるじ。……消えなくて、済む……」
彼女は珍しく、微かな、本当に微かな微笑を浮かべた。
その時、氷室の入口から、パチパチと拍手をする音が聞こえた。
玉藻かと思いきや、そこに立っていたのはお凛だった。彼女は自身の毛皮をぎゅっと抱きしめ、寒そうに身をすくめながらも、ニヤニヤと意地悪そうな笑みを浮かべている。
「にゃあ、旦那様。こんな冷たいところで、小雪と二人きりで何をしてたんだにゃ? お凛、外で待ってて凍え死ぬかと思ったんだにゃ」
お凛は小走りに寄ってくると、僕の背中におんぶするように飛びつき、その熱を奪い合うように頬をすり寄せた。
「……お凛。……邪魔、しないで……」
小雪が冷たい視線を向けるが、お凛はケロリとした顔で尻尾を揺らす。
「いいじゃないにゃ。小雪のお部屋が綺麗になったんだから、お祝いだにゃ。でも旦那様、身体の芯まで冷え切っちゃってるにゃ。このままだと、旦那様がカチコチの氷像になっちゃうにゃ!」
お凛は僕の耳元で、クスクスと楽しげに喉を鳴らす。
「今度はお凛が、旦那様をポカポカに温め直してあげる番だにゃ。お庭のひだまりで、小雪の冷たさを全部溶かしてあげるにゃ……。さあ、行くにゃ、旦那様!」
小雪の静かな満足感と、お凛の賑やかな独占欲。
冷え切った身体が再び熱を帯びていくのを感じながら、僕は宿の復興が着実に、そしてより深く僕をこの魔宮に縛り付けていくのを実感していた。