Side 桃
「…これ…」
なに、と慎太郎に訊こうと思ったが口をつぐむ。
仕事終わりに病室に寄ると、見慣れないものがあった。
腕に繋がっている点滴には、薬ではなく赤い液体。紛れもない、輸血だった。
ベッドに横になる姿は変わっていないのに、そこだけが前と違っていた。
こんなこと本人に聞いたらどちらも辛くなるだろう、と努めて笑顔を作った。
「CD持ってきたよ」
少し後にリリースされる新譜だ。彼は笑って受け取った。
「ありがとう。スマホに入れとくよ」
5人だけのジャケット写真、5人だけの歌。それなのに「聴きたい」と言ってくれたことが嬉しかった。
深紅の液体と対照的な白い顔で、
「…歌、うたって」
彼はこう言った。
最近なぜかよく歌をせがまれる。
「これ?」
新曲のCDを指さすが、首を振る。慎太郎がリクエストしたのは、いつか自分が主演をしたドラマの主題歌だった。
確かにこのシチュエーションには似合うかな、と場違いなことを思う。
「慎太郎も歌えたら入ってね」
一息ついて、声を出した。
彼のパートになっても、声が重なることはない。目を閉じ、満足そうに聴いている。
「ただ…向き合って泣き合って抱き合ってわたしの名を…何回も何回も呼んでくれたね…」
歌いながら、唐突に熱いものが込み上げてきた。
「止まない雨の中…見えない――」
とうとうこらえきれなかった。声を途切れさせた俺を、慎太郎が目を開けて見上げる。
「きょも…」
ごめん、と小さく謝る。
「慎太郎は、あのドラマみたいな結末にはならないって信じてるのに、なんか…重なっちゃって…」
手で顔を覆う。
「見えない星の下…」
そのとき、慎太郎が歌い出した。「ずっとわたしを信じてくれたね…」
息を吸い、ふたりで声を紡ぐ。
「向き合って泣き合って抱き合ってあなたの名を…何回も何回も呼んでもいいかな…。儚い光がほら消えないように…歩いていこう…ずっとふたりのまま…」
ビブラートを優しく終えると、微笑み合う。
「俺、この歌好きなんだよね」
慎太郎が言う。
「俺も」
また6人揃って歌をうたえるように。
彼が好きな曲を楽しめるように。
絶対そのときが来ることを、信じる。
雨はいつの間にか上がり、おぼろげな虹が空にかかっていた。
終わり
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