抱き上げようとした羅依に
「筋力が落ちて困るから歩く」
と宣言し、膝固定サポーターを着用して、左膝は曲がらない状態で松葉杖を使うと
「才花ちゃん、さすがだね。松葉杖って練習いるんじゃないの?」
荷物を持ってくれているタクが感心している。
「そう?こうして振り子のようにすればいいんでしょ?」
「それが出来ないんだって。もっとカクカクした歩き方になるのに才花ちゃん、スムーズ」
「羅依、やってみて」
私が立ち止まって羅依に松葉杖を差し出すと、彼は立ち止まらずに通りすぎた。
「そんなチビっこのは使えねぇ。足の長さが違う」
「羅依…冗談言えるんだ…」
「冗談じゃなく事実」
「……」
4年間の一人暮らしのあと、私はこの人と数日間の同居が出来るのだろうか?
難しい人じゃないといいけど……私がお世話になる方だから大人しくしておこう。
「食ってないから疲れるんだろ」
戻って来た羅依にひょいっと抱き上げられ、まあいいかと思う。
「羅依」
「ん?」
「私…あの夜…世界大会への渡航費が足りなくて…」
「そうか」
「あの夜に羅依に会っていなかったら……カフェで見たことあるだけの人だったら…こんな風に抱き上げられるとどうしていいかわからないと思うんだけれど…一度触れてるからか普通だね…」
「そうか、それでいい。ドキドキしたけりゃ、いつでもさせてやる」
あの夜のことを容易に思い出すことの出来る囁きで、私の鼓膜を揺らした羅依に
「あれで良かったの…かな?…家に行ったことがあるって…意味合いは全く嘘ついちゃった…」
しーちゃんと話してから気になっていることを小さく聞いた。
「安心させるための事実を言っただけ。嘘じゃない。部分的に事実を言っただけだ」
「そっか…うん」
「大丈夫だ。才花とあの叔母さんは大丈夫だ」
「うん」
タクが車を表につけてくれると
「羅依、運転しないのか?」
「タク」
「ふーん、自分で運転するのが好きなのに才花ちゃんの隣を選ぶんだ、ふーん」
一旦運転席から降りたタクが、もう一度運転席に戻る。
「才花ちゃんは俺を覚えていてくれたんだね」
「カフェによく来て二人分のオーダーをする人」
「正解。羅依は?」
「いつもサングラスと整えられた髭の、外によく座る人」
「髭、好き?」
「…タク…何か迷ってるの?」
「いや、才花ちゃんの好みを単純に聞いてるだけ」
「好きか嫌いか…考えたことない。似合う人、似合わない人はいると思うけど」
「羅依は?似合う人?似合わない人?」
疲れた…運転席から後ろにどんどん質問されるけれど……眠くなってきた。
「…いいんじゃない…かな?」
そう言ったのはあくび混じりになって、ハッと口を閉じる。
「病院で眠れなかったんだろ?目、閉じておけ」
「うん」
聞きたいことはたくさんあったけど、まぶたが落ちてくる。
羅依が私の手を握ったことを感じた後、私はすぐに意識を沈ませた。
そして……目が覚めたのはお姫様のように抱かれたエレベーターの中でだった。
「危ない、動くな」
目覚めの朦朧とした中でバタバタした私を、手が使えずに額を使って止める羅依を見て
「俺、キスシーン見せられてる?」
とタクが笑う。
額同士が合わさっているだけだよ…
……あの夜のキスは唇以外に降ってきたんだ、と思い出しながら
「…もうじっとしてる」
「保険」
「そのまま話さないで…」
唇を動かすと触れてしまいそうだ。
「セクシーさも俺好み…この距離で囁かれるとたまんねぇ」
羅依の冷たい囁きもセクシーなんてもんじゃない。
クセになりそうなフレーバーを含んでいる。
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『セクシーさも俺好み』 ひゃ〜キャ─(*ᵒ̴̶̷͈᷄ᗨᵒ̴̶̷͈᷅)─🖤カッコいい〜✨ 額を使ってとかあんもう〜こちらもたまりません🖤これからどれだけのセクシーフレイバーを漂わせてくれるのか…🖤 タクもいいよね〜✨ 才花ちゃん楽しくなりそうだね🎵✨