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第十四章 心臓へ向かう軌道
大工房の中心街を抜けた先――
黒糸はさらに濃度を増し、朗の手の中で脈を打っていた。
まるで呼吸しているかのように。
まるで“舞台袖”から伸びた誘い手のように。
天井の光球が淡い青へと変色し、
工房の街は次第に 鉄の静寂に包まれていく。
エリスが先頭を歩きながら警告する。
「この先は、街の管理外区域。 光源の制御が効きません。皆さん、注意を」
黒がツルハシで地面を軽く叩きながら笑う。
「よし来た!危ない匂いしかしねぇ!行くぞ!!」
雷花が顔をしかめる。
「いや、アンタだけ元気すぎでしょ……!」
リオは朗の肩に手を添える。
「痛くないか? 息、苦しくなってない?」
「うん……でもね、
この先に“何か”があるって、胸が教えてくるんだ」
朗は胸を押さえ、ゆっくり歩く。
その様子を影が横目に見る。
影の狐面の奥の瞳が、微かに揺れていた。
「……呼ばれているのは、朗だな」
桜姫がその言葉に反応した。
彼女の瞳は、弟を想う焦燥で震えている。
「呼ばれているというのなら……その先に、弟が……?」
リオがくるりと振り返り、背中の六本アームをわざと大きく揺らした。
「“正確には”呼ばれてはいない。
朗君は――“選ばれている”んだと思うよ」
「っ……選ばれて……?」
リオは朗の黒糸を見つめ、目を細める。
「この糸は、操る力じゃなく“物語に巻き込む力”が強い。
糸の主――つまり誰かが、舞台に誰を上げるかを吟味してるんだ」
影が低く唸った。
「誰かの手法……観客を選び、役者を操り、舞台を作る。
すべては“見せたい景色”のためだ」
エリスが無機質な声で告げる。
「ここから“深層エリア”です。都市ではなく、工房そのものの心臓域」
石と金属の壁はいつしか途切れ、
代わりに巨大な歯車や機械骨格が連なる無音の廊下となった。
どこかで巨大機構が回る音が響く。
歩けば歩くほど、
天井の光球が少なくなり、深い青の闇が支配し始める。
勘老がぼそりと言った。
「こりゃ……ただの工房やない。
“造られた世界”そのものに入り込んどる感じじゃ」
鉄老も周囲を見て唸った。
「地底を削ったというより……
ここそのものが“巨大な器”のようじゃな」
朗はその中心に立ち、黒糸を見つめる。
糸は震える。
――もうすぐ
――もうすぐだ
――舞台の幕が
――上がる
耳ではなく、心に響く。
桜姫が思わず朗の手を取った。
「朗君……何が視えておる?」
朗は小さな声で答える。
「ここに……“誰か”がいる。
泣いてる……寒いところで……縛られて……」
桜姫は胸元を押さえて震えた。
「弟……! それは弟の……!」
その瞬間だった。
廊下全体の歯車が同時に回転を止めた。
青い光が消え、暗闇が閉じる。
無音。
呼吸の音さえ吸い込むような闇。
エリスが即座に両腕を広げ、胸部から光を展開する。
「非常灯を点灯――」
だが。
光が、闇に“切り取られて”消える。
雷花が叫ぶ。
「なっ、何これ!?光が……食われてる!?」
影が一歩前に出た。
「……多分サギの闇だ。
ここはもう奴の“舞台袖”に飲まれている」
その言葉を合図にするように――
暗闇の奥から、冷たい囁きが流れた。
――やっと来たね。
次の幕へ進む観客たち。
桜姫の身体がびくりと震える。
朗の黒糸が光った。
それは、誰かからの“招待状”。
リオが笑う。
「来たね……“最深部の扉”。
だけど安心して。まだ扉は開かない」
黒がツルハシを担ぎ直す。
「じゃあ今から開けりゃいいだろ!!全員いくぞ!!」
エリスは彼の背中を引っ張りながら告げる。
「違います。扉は“糸の許可”がなければ開きません」
影が朗の肩に手を置いた。
「朗……進むか?」
朗は、小さな拳を握った。
「行く。
ぼくは……あの泣いてる人を助けたい」
桜姫の目に涙が滲む。
一行は再び歩き出した。
青い光も
光球も
道標すらない闇の中を。
案内するのは――
朗の手の中で脈打つ 黒糸だけだった。
そして闇の奥で、
“舞台の主”が微笑む気配があった。
・つづく