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第十五章 闇の檻と沈みゆく舞踏
闇を縫うように歩き続け――
ついに、朗の黒糸が震えを強めた。
――ここだ
――開けて
――幕を上げて
糸の声が、朗の胸の奥を直接叩く。
やがて、巨大な壁が姿を現した。
黒と青が入り混じった“石でも金属でもない物質”で構成された異質な扉。
それは、まるで 舞台の幕そのものが固形化したような質感だった。
エリスが静かに告げる。
「この扉から先が……本当の最深部です」
「でも……まだ開かないんじゃ……?」と雷花。
影が首を振った。
「いや……“選ばれた者”の手なら、開く」
朗が息を呑む。
黒糸が彼の掌で光り、扉の中央へふわりと伸びた。
糸が触れた瞬間――
乾いた音が響き、
扉がひとりでに裂けるように開いていく。
青の光が消え、闇が吐息のように流れ出た。
桜姫の身体が震えた。
「駿……駿が……この先に……!」
一行は、慎重にその内部へ踏み込んだ。
中は静寂だった。
ただ、ひとつ――“息の音”だけがあった。
規則的ではなく、不安定で途切れかけた呼吸。
闇の奥、舞台の中央のような空間に、
道化のサギが倒れていた。
仮面は割れ、白粉は血で赤くなり、
胸元から黒い闇が抜けた跡のような穴が開いている。
闇が、波のように揺れた。
そして、サギのすぐ横に立つ“影”が形を取り始める。
足元から湧き出す闇、
舞うように纏う黒の粒子。
その中心で、ひとりの男が姿を現した。
桜姫の弟──駿。
四つ葉のクローバーの模様を宿した瞳。
だがその瞳は――
かつては美しい緑を湛えていたはずなのに、
今は 深い深い“黒” に染まっていた。
和服も、昔は鮮やかな薄緑だったはずだ。
幸福を招く舞を象徴する色。
しかし、今は黒い炎のように揺らめく“闇の衣”になっている。
桜姫が一歩踏み出した。
「……駿……?」
駿は姉である桜姫を見ても、まるで感情を結びつけることができないかのように、無表情のまま首を傾げた。
「……姉上。
あなたも、ここまで来てしまったのですね」
声には優しさが残っている。
だが温度がない。
まるで思い出だけで話しているようだった。
駿はゆっくりとサギに視線を落とし、
かすかに微笑んだ。
「サギは……俺の舞台を整えてくれた。
観客を選び、役者を並べ、
糸を張り……
ただ、少し思い出しすぎてしまっただけです」
「“思い出した”……?」影が低く問う。
駿が軽く指を動かす。
途端、サギの胸元から黒い影が揺らめいた。
朗が息を呑む。
――それは、駿が持つ 指定地点に“闇”を発生させる力 の残滓だった。
「彼の力を使って、
幸福を招く舞の“逆”を舞ったのです。
……あらゆる気配を沈め、
魂をひとつ残らず飲み込む舞を」
リオが背中のアームを広げ、言う。
「駿君……君、能力が“混じってる”。
舞――闇――無……
どれも、以前とは比べ物にならない」
駿は淡々とした声で答える。
「混ざったのではなく……“戻った”のです」
その瞳の黒が光を吸う。
エリスが小さく後退した。
「戻った……?
あなた……何に……?」
駿は、朗を見た。
朗だけを、まっすぐに。
「朗。
お前が来るのを待っていた」
朗の心臓が跳ねた。
黒糸が震え、朗の掌を刺すように脈打った。
駿は手を広げた。
「俺を止められるのは……お前だけだ」
桜姫の顔が歪んだ。
「駿!! 何を言って……!」
駿は静かに首を振る。
「もう遅いんだ、姉上。
俺は――自分で、自分を止められない」
その言葉の直後。
駿の足元から、
“闇の舞”が広がった。
床に黒い円が咲き、
廊下でも街でもない異質な空気が立ちのぼる。
――能力無効化領域。
雷花が悲鳴に似た声をあげた。
「動け……ない……!
身体が……重い……っ!」
勘老も鉄老も、エリスでさえ動きが鈍る。
影がかろうじて立ち続け、朗を守ろうとする。
だが駿は首を横に振った。
「影……あなたたちは脇役だ。
この幕の主役は――朗だけだ」
朗は震える足で一歩前に出た。
「駿さん……ぼくは……あなたを……」
駿は微笑んだ。
悲しげに、しかし温かさを残して。
「助けたいのだろう?朗。
……なら、来い。
俺の闇の“心臓”へ」
扉は閉じ、舞台は完成した。
瀕死の道化。
立つことすら苦しい仲間たち。
闇に沈んだ桜姫の弟。
そして、子供の朗だけが――
駿の中心へと近づく資格を与えられていた。
次の幕が、静かに上がる。
・つづく