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ソフィアは、内心面白くなかった。
言われている様に、常に紅茶色、いや、ダークブラウンのドレスをソフィアは着ている。
「こ、これは、お気に入りのドレスなのよ!悪い?!」
「ふーん?そんな、流行遅れドレスを気に入ってるの?」
「ア、アンティーク、アンティーク・ドレスよっ!!」
飲んだ酒がまわっているのか、アルマンドは、ソフィアの隣で豪快に笑っていた。
まあ、確かに言われているよう、ソフィアの着ているドレスは、亡くなった祖母のお下がりを寸法直ししたものだから、流行のデザインとは程遠い。
ソフィアの家、レオニード伯爵家は、一人娘で次期当主になるかもしれないソフィアに、ドレスの一着も新調できないほど、没落していた。
つまり、貧乏貴族という訳で、こうして、パーティーに参加できるのは、伯爵の身分であること、そして、ソフィアの父、ステファン・レオニード伯爵の八代前の、なんとかレオニード伯爵、そう、すでに名前すら忘れられているご先祖様が、時の摂政と親友であった、と言うことから、どうにか、社交界から見捨てられていないからなのだ。
これが、時の摂政と共に政治を動かしていたのなら、きっと、レオニード伯爵家は、今頃、王族と晩餐を共にしたり、いや、もっと実入りの良い領地を与えられ、没落貴族と後ろ指などさされなかったはずだろう。
もちろん、ソフィアのドレスも、貴婦人達の憧れ、マダム・コンフォードの店で、レースと刺繍満載の豪華な物をオーダーできていたはずなのだ。
それが、一介のゴシップ記者にまで、からかわれるほど、悲惨なモノを、毎回着るしかないのだから、正直泣けてくる。
ソフィアは、そんな、惨めなドレスを着る度に、自分のブラウンの髪色に、お似合いなのだと言い聞かせていた。
身支度の仕上がりを、鏡で確認しながら、屋敷唯一のメイド、ロザリーがコテで仕上げた、立て巻きロールを揺らして、ダンスに誘われた時のお辞儀を練習する。
ドレスを少し、持ち上げ、優雅にお辞儀をするソフィアの姿は、鏡には、最高の貴婦人として写っているのだけど、実際は……。
「悪かったわね!こんなドレスで!」
こうして、壁と花となり、訳のわからない男相手に、ふてくされる始末……。
「いやいや、そのお陰で、誰も近寄って来ない。僕は、存分に仕事ができる訳なんだ」
アルマンドは、少し酒臭い息を吐きながら、落ちぶれた家の者とは関わりたくないと、皆がソフィアを避けるため、ソフィアの側にいれば、誰も声をかけられないから、仕事がはかどると、空々しく感謝してきた。
これも、毎度の事なのだが、やはり、落ちぶれたと、あからさまに言われると、ソフィアなりに傷つくもので、自然、キッとアルマンドを睨み付けてしまう。
「おお怖っ!その紅茶色のドレスだと、迫力ありすぎだよ?」
「わ、悪かったわね!私のドレスより、アルマンド、あなたの、そのマスクの方が、絶対的に不自然よ!」
「はいはい、だからこそ、場に似合わない者通し、仲良く並んでいるのが、いいんじゃないの!」
はははっと、アルマンドは、大笑いしてくれた。
当然、近くにいる貴族達が、顔をしかめて、ちらりとこちらへ目をやるが、関わりたくないとばかりにさっと逃げ出して行く。
「まあ、静かに過ごせるんだから、ソフィア、いいんじゃないの?」
確かに、嫌いな、苦手な、人物と会話しなくて良いのだから、そこは楽で良いのだが、誰も、話しかけてこない上、誰にもダンスを誘われないのも、なかなか、辛いものがある。
ソフィアだって、年頃の女の子。王子様と、夢のような時間を過ごしてみたい。が、本物の、王子様、つまり、皇太子は、持ち込まれる婚約を、わざわざ人前で、破棄して行く曲者なのだ。
アルマンドの言う通り、この状態が、実は、一番なのかもしれない。
はあ、と、ため息をつくソフィアに、アルマンドが声をかける。
「ソフィア、そろそろ、の様だよ。しかし、今日は、いつもより遅いと思わないかい?いったい、何をしてるんだ、あいつ……」
「ん?確かに、そのようね。でも、アルマンド、口には気を付けた方がいいと思うわ。あいつ呼ばわりは、さすがに、まずいと思う」
世間では、婚約破棄を繰り返す皇太子を見くびって、あいつ呼ばわりしているのだろうと、ソフィアは理解した。
まあ、一国を背負う事になる立場の人間が、何を理由に、婚約破棄を繰り返すのか、と、いうところは、貴族以上に、民なら、心配を通り越し、皇太子とやらは、大丈夫なのか、と、不満も生まれるだろう。
だから、アルマンドのようなゴシップ記者が活躍するのだろうけれど、皇太子のお膝元で、あいつ呼ばわりは、乱暴を越えているかもしれない。
ソフィアが、そんなことを考えている間、アルマンドは、上着のポケットから、手帳を取り出し、忙しく何かを書留め始めた。
「うん、婚約発表といいつつ、すぐ、破棄される訳だからね、本日の主役のドレスや、取り巻きの面々を記しておかないと……」
アルマンドの視線の先には、複数の貴婦人に囲まれ、得意気に微笑んでいる、マリエッタ嬢がいた。
艶やかな黒髪を高く結い上げ、首元には、大粒のダイヤのネックレスが光っている。胸元が大きく空いた深紅のドレスに合わせたのだろう。
本当に、とても似合っていた。
そうだろう。今日は、マリエッタ嬢にとって、一生で一度の大舞台であり、ひょっとしたら、皇太子妃の道へ一歩踏み出すかもしれない日なのだから。紅茶色々ドレスなど、問題外だろう。
ソフィアは、マリエッタ嬢の装いなど見なかった事にしようとばかりに、扇でしっかり顔を隠した。
「おや?今から期待しすぎて、笑いがこらえ切れないと?」
隣では、マスクの奥で、意地悪そうに瞳を輝かす男がいる。
「そんなのじゃなくって……」
自分が惨めに感じるからだ、と、素直に言えれば良いのだけれど、それを言ってしまえば、ソフィアは、落ち込みそうで、言葉を濁した。
「まあ、いいよ。ご覧、やっぱり、始まる!」
アルマンドが言うように、主催者のアルマ侯爵が歩み出て、手に持つグラスをフォークで数回鳴らした。
チンチン、と高音が鳴り響き、皆は、侯爵へ注目した。