『お父さん。今、家の近くにいるんだけど、早瀬勇人が車を家の前に止めて、外から様子を伺ってる。このまま家に帰るのは怖いから、もう少し時間を空けて家に帰ります。友人と一緒だから、心配しないでね。 恵菜』
恵菜は、純の存在を何て書こうか迷ったけど、無難な『友人』と打ち、送信ボタンをタップした。
彼女が父にメッセージを送信した数分後。
恵菜の両親が家から出てきたのか、玄関ドアが開く音が微かに聞こえた。
男は、いきなり出てきた元妻の両親に焦ったのか、そそくさと車に乗り込もうとしたが、恵菜の父は素早く駆け寄り、勇人の腕を掴んだ。
母は、門の内側から、二人の成り行きを無言で見守っているよう。
純は、まだスマホに録画したままで、勇人が恵菜に付きまとっている証拠を、しっかりと撮影しておくようだ。
『勇人くん。何をしている? 恵菜に何か用か?』
『あ……そっ…………その……いや……』
『恵菜はいないぞ? 今日から友人と、泊まりがけで出掛けているからな』
父が機転をきかせてくれた事は、恵菜にとって、ただひたすらありがたい。
すぐ横で、純のスマートフォンから電子音が小さく響き、彼は上着のポケットにしまい込む。
どうやら、録画を終了させたらしい。
両親と勇人のやり取りは、まだ終わりそうにない雰囲気だった。
「相沢さん。今日、俺は車で来てるんだ。悪いけど、もう一度、本橋家に戻ってもいいかな?」
「は、はい……」
「じゃあ、一旦戻ろう」
純が歩き出してすぐに、恵菜の左手が温もりに包まれる。
「…………え?」
彼に手を繋がれて、恵菜の鼓動がドクリと音を立てた。
「さっき、アイツの車で危ない目に遭わされただろ? 俺らが豪の家に行くまで、また遭遇するかもしれないし」
彼が、穏やかな笑みを恵菜に向けてきた。
(いきなり手を繋いでくるなんて…………谷岡さん……それ、反則だよ……)
そう思っているものの、冷え切った小さな手に、溶け込むような彼の掌の温度が心地いい。
純の優しさに、恵菜は彼に気付かれないように、顔を薄く綻ばせる。
繋いでいる手を、恵菜はキュッと軽く握ると、節くれだった大きな手が、強く握り返してくれて、彼女の瞳の奥に熱が宿るのを感じるのだった。
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