コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
老婆はお玉を手に船内をウロウロしている。
「あれ、おたまが浮いてるように見えるんですかね? みんなには」
壱花がそう呟くと、倫太郎が言う。
「持った途端、見えなくなるのかもしれないぞ。
誰も驚かないから」
冨樫が、
「あれに関わったものが見えなくなるのなら。
この船自体が他の船舶から見えなくなるとか、レーダーから消えるとかないですかね?」
と怖いことを言い出す。
「だ、大丈夫じゃないですか?
我々、乗るとき見えたし」
「だが、あいつ、いつ船に乗ったんだ?
最初からいたわけじゃなくて、我々と一緒に乗り込んだのかもしれないぞ」
そこのところは確かではないが。
そういえば、この船には不慣れなようで、あやかしの癖に迷うような感じで、ウロウロしている。
っていうか、あやかしって大抵、目的もなくうろついているから、特に迷子とかない気がするのだが。
この人(?)はなにか目的があるようだ、と壱花が思ったとき、老婆がいきなり足を止めた。
大浴場ののれんの前だった。
男湯に入っていき、出てくる。
隣の女湯に入っていって、出てこなかった。
「……風呂が目的だったのか?」
「なんで、一回入って、また出て来たんでしょうね」
と壱花が言い、
「男湯だったからじゃないんです?」
と冨樫が言う。
「いや、誰にも見えてないあやかしに、男湯女湯関係あるか?
ってか、なんでお玉持って風呂入ってんだ。
呑気に湯に浸かってんのか?」
壱花、ちょっと見て来い、と倫太郎に命じられた。
「えっ? 私がですか?」
「俺たち女湯に入れないだろう。
行ってこい」
「あのおばあさんに触ってたら、お玉みたいに見えなくなるのなら。
おばあさんさえいれば、社長たちも入れそうですけどね」
と言う壱花の頭の中では、
老婆の両肩に倫太郎が手を置き、倫太郎の両肩に冨樫が手を置き、冨樫の両肩に壱花が手を置いて、女湯ののれんをくぐっていた。
……フォークダンスか。
っていうか、私は見えなくならなくても入れたな、と思いながら、壱花は、
「じゃあ、まあ、行ってきまーす」
と言って女湯に入っていった。