「…席、戻れそうか?」
「は、はい…もう、大丈夫です」
貼り付けた笑顔で答えるのが精一杯だった。本当は全然大丈夫じゃないのに。
「無理はするなよ、分かったか…?」
「はい…っ」
◆◇◆◇
「じゃあ烏羽、雪白のこと頼んだぞ~!!」
課長が手を振ってタクシーに乗り込む。
他のメンバーも次々と夜の街に消えていった。
残されたのは、俺と尊さんだけ。
辺りの喧騒が遠ざかり、静寂が訪れる。
「……歩けるか?」
尊さんが優しく聞いてくれるけど、足元がフラフラとして、まともに歩けそうにない。
「ちょ……ちょっと無理っぽいです……」
正直に言うと、尊さんは小さくため息をついた。
そのため息が、俺の情けなさに向けられたものではないかと、少しだけ怯える。
「仕方ないな」
その瞬間、突然膝の裏に腕が回り込み、あっという間に体が宙に浮き上がった。
いわゆる「お姫様抱っこ」の姿勢だ。
「わっ……!」
反射的に慌てて尊さんの首に両腕を回して、しがみつく。
彼の首筋から、清潔な石鹸のような香りがした。
「しっかり掴まってろ」
短く言うと、尊さんはスタスタと歩き出した。
その足取りは微塵も揺らがない。
夜風が火照った肌に心地よい。
街灯に照らされた尊さんの横顔を、こんなに間近で見つめながら、酔った頭でぼんやりと思う。
(こんな姿…誰にも見せられないや……)
尊さんの胸にもたれていると、異常なほど安心する。
普段は厳格な上司だけど、こうして二人きりのときは、一人の男として感じる体温。
それが妙に愛おしくて、胸がきゅっと締め付けられる。
程なくして、尊さんはタクシーを拾えた。
タクシーの中でも、不安定さを解消しようと、俺は尊さんに寄りかかる。
運転手さんに気づかれないように、そっと。
窓の外のネオンが流れていく。尊さんの肩に頭を預けながら、微かに呟いた。
「尊さん…すみません…迷惑かけちゃって……」
「あんな事件耳にしてちゃ、動揺してお前がアホみたいにヤケ酒したのも納得する、何度も言うが気にするな」
尊さんの手が俺の髪を梳くように優しく触れてくる。
その指の動きが、俺の頭を少しずつ落ち着かせていくようだった。
「……ありがと、ございます…っ」
タクシーが静かに夜の街を滑るように進む。
エンジンの規則正しい音と、窓ガラスを打つ小雨の音だけが車内を満たしていた。
隣に座る尊さんの肩に頭を預けたまま、俺はぼんやりと外の景色を眺めていた。
アルコールでぼやけた視界の中で、街灯の光がぼんやりと滲んでいる。
「……眠いのか?」
尊さんの低い声が耳元で響く。
運転手に聞こえないように抑えた声量だが、密着している今の俺には十分に届いた。
「んん…だいじょうぶ、です」
とは言いつつも、瞼は重くて持ち上げるのが億劫だ。
暖かい体温と、安定感のある肩に寄りかかり続けるうちに、どんどん体の力が抜けていく。
「……でも」
少し迷った後、我慢できずに尊さんの腕にそっと手を添えてしまった。
ジャケット越しでもわかる鍛えられた腕の硬さ。
それなのに不思議と安らぐ感触。
「ちょっとだけ……こうしててもいいですか?」
酔った勢いとはいえ、素直に甘えを求めてしまう自分が少しだけ恥ずかしい。
尊さんの無言の返事に恐る恐る顔を上げると、視線が交わった。
「……あぁ」
短い肯定の言葉と共に、尊さんの大きな手が俺の頭にぽんと乗せられた。
まるで子供をあやすように優しい仕草。
拒むそぶりもない。
むしろ頭に乗せられた手はそのままに、俺の髪をゆっくりと撫で始めた。
「……えへへ」
その優しさが胸をいっぱいにして、思わず口元が緩んでしまう。
酔いのせいだけではない熱が頬に集まるのを感じた。
前には運転手さんがいるのに、気恥ずかしさよりも心地よさが勝ってしまう。
完全に無防備になってしまっている自分に気づきながらも、今だけは甘えていたいと願っていた。
◆◇◆◇
「……い、恋、着いたぞ」
肩を軽く叩かれてハッとした時には、タクシーが家の前で停まっていた。
「わっ!ごめんなさい、寝ちゃってました…」
尊さんはサッとカードで支払いを済ませるとドアを開けた。
慌てて自分で車を降りようとすると、ふらつく足取りで躓きかけた。
「っ!」
「危ないっ」
咄嗟に尊さんの腕が伸びてきて、腰を支えられた。
そのおかげで転倒は免れたものの、密着度が増して逆効果だったかもしれない。
「……まだ酔ってるようだしベッドまで運ぶ。いいな?」
尊さんがため息混じりに呟く。
そして何を思ったか、俺の膝裏に再び腕を回し──
「え!尊さん!?」
あっという間に抱き上げられてしまった。
二度目のお姫様抱っこだ。
「じっとしてろ。鍵開けてくれればそれでいい」
「そ…そんな悪いですし!」
「ヤケ酒なんかした罰だと思え」
「ば、罰って、さっきまで優しかったのに…!」
「介抱してやるんだ、充分今も優しいだろ?」
「ちょ、待っ────!!」
◆◇◆◇
結局そのまま俺はされるがままとなり。
鍵を開けて中に入ると、パチリと照明が自動点灯した。
デザイナーズマンション特有の洗練された空間が現れる。
モノトーンを基調としたシンプルなリビング。
壁際には観葉植物を置いていて、ローテーブルの上の照明スタンドが柔らかな光を放っている。
俺の数少ない趣味である雑貨コレクションが並んだ棚もちらりと見えて
ようやく家に帰ってきたという実感が湧いてきた。
コメント
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あああ恋くんかわいすぎます🤦♀️👼💕恋くんほんとに全部が尊いです‼️💖恋くんに対しての尊さんもかっこよすぎます😍ほんっと、この作品最高すぎます‼️💖この作品に限らず全て最高ですけど…笑特に最高な作品です❤️🔥👀素敵なエピソードをありがとうございました❤️‼️