テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
北の連峰で発生した大規模な雪崩の影響で、崩落した街道を修復するため、滉斗が数日間、遠征に出ることになった。
二人が再会して以来、これほど長く離れるのは初めてのことだった。
「ひろぱ、忘れ物はない? 予備の着替えと、それから……」
「元貴、落ち着け。たかが三日の隠密任務でもない作業だ。それに、俺がいない間、お前を狙う奴などもうこの国にはいない」
出発の朝、心配そうに甲斐甲斐しく世話を焼く元貴の額を、滉斗は愛おしそうに指で弾いた。
滉斗にとって、元貴は守るべき王である以上に、片時も離れたくない最愛の伴侶となっていた。しかし、国を想う元貴の「皆のために行ってきて」という願いを無下にはできなかった。
「……早く、帰ってきてね」
「ああ。終わらせてすぐに戻る」
そう言い残して旅立った滉斗の背中を見送ってから、元貴の一人きりの三日間が始まった。
一日目。
元貴は驚くほど忙しく動いた。寂しさを紛らわせるように、共同体の広場に咲く花々の手入れをし、子供たちに勉強を教えた。
「元貴様、今日は若井様がいないから、少し寂しそうですね」
老婆にそう指摘され、元貴は「そんなことないよ」と微笑んだが、無意識に胸元の翡翠の守り袋を握りしめていた。
夜。広すぎる寝台で横になると、いつも隣から聞こえてくるはずの静かな寝息がないことに気づく。
「……ひろぱのバカ。まだ初日なのに」
元貴は枕を抱きしめ、滉斗の微かな冷気と、それ以上に温かな体温を思い出しながら、浅い眠りについた。
二日目。
街の復旧作業は順調だったが、元貴の心はどこか空っぽだった。
食事を作っても、一人分では味気ない。滉斗がいれば「味が薄い」だの「野菜が多すぎる」だのと文句を言いながらも、最後には必ず綺麗に平らげてくれるのに。
夕暮れ時、二人の聖域である庭園へ向かう。
そこには、滉斗が「元貴が夜道を歩くときに危なくないように」と、術で作り置きしていった氷の灯籠が並んでいた。
消えゆく魔力の中で、淡く、けれど力強く足元を照らすその光を見て、元貴は堪えきれず呟いた。
「……もう、明日だよね。帰ってくるの」
三日目の夜。
約束の刻限を過ぎても、滉斗は姿を現さなかった。
元貴は窓辺に座り、月明かりの下で街道を見つめ続けていた。
(まさか、怪我をしていないかな。それとも、まだ作業が終わらないんだろうか……)
不安が胸をよぎるたび、元貴は自らの術式を指先に灯し、小さな椿の花を咲かせた。あの日、二人の運命が再び動き出したあの日を信じるために。
その時、静まり返った街の入り口から、馬の蹄の音が聞こえてきた。
元貴は靴を履くのももどかしく、夜の街へ飛び出した。
月光を浴びて現れたのは、煤と雪に汚れ、疲労の色を隠せない、けれど真っ直ぐに自分だけを見つめる最強の剣士だった。
「……ただいま、元貴」
馬から降りるなり、滉斗は吸い寄せられるように元貴を抱き寄せた。
軍服の襟元には冷たい夜風が染み込んでいたが、その腕の中は、元貴が知る何よりも温かな場所だった。
「遅いよ、ひろぱ……。もう、帰ってこないかと思った」
「悪かった。……どうしても、これを持ち帰りたくてな」
滉斗は懐から、凍りつかないように布で幾重にも包まれた「北嶺の百合」を取り出した。一年で数日、極寒の地でしか咲かない、永遠の愛を象徴する幻の花。
「お前に、見せたかったんだ。……留守番、よく頑張ったな」
滉斗の不器用な優しさに、元貴は胸がいっぱいになり、彼の胸に顔を埋めて泣き笑いした。
たった三日の空白。
けれど、それが二人の絆をより深く、強固なものにしたことを、夜空に咲く月だけが見守っていた。
コメント
1件