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老舗高級ホテルのすぐ近くにあった、かつての高級娼館『Casa dell’ amore』は、広大な更地となっていた。
視線の向こうには、風で白茶の砂埃が舞い上がり、目の前には、木製の杭が等間隔で横一線に並び、間には虎ロープが張られている。
拓人は、しゃがみ込み、白百合の花束をロープの下に供えると、ゆっくりと立ち上がり、哀愁を帯びた表情で、変わり果てた場所を黙ったまま見据えた。
放火事件が起こる前は、都心と思えないほどの緑の木々に覆われ、奥へ進むと、クラシカルなL字型の洋館が存在し、まるで異世界のような佇まいだったのを、彼は朧気に思い出す。
「…………ここって……」
彼の様子を伺いながら、優子が、こわごわと声を掛ける。
「彼女が…………瑠衣ちゃんが働いていた、高級娼館『Casa dell’ amore』の跡地。昨年の十二月、ここで放火事件があって…………娼館のオーナーでもあり、俺の仕事仲間でもあった凛華さんが…………犠牲になった」
「…………そうだったんだ」
女が、遠慮がちに小さく呟くと、徐に瞳を閉じて合掌する。
拓人は、優子の振る舞いに瞠目しながら見下ろすと、彼も静かに手を合わせた。
その瞬間、二人の周辺が、穏やかな風にふわりと包み込まれ、彼は、亡き仕事仲間の凛華に励まされたような気がして、視界が滲む。
(俺……少し涙もろくなったのか……?)
優子は、まだ目を瞑ったまま、手を合わせている。
女に見られないように、彼は顔を背けると、人差し指で、目尻に溜まった雫を掬い取った。
「…………俺にとって、凛華さんって女性オーナーは、仕事を通じて知り合った人だけど、天真爛漫な性格で、俺を弟のように可愛がってくれたし、今の俺があるのも、凛華さんのお陰だ」
「…………きっと、凛華さんって方も……素敵な女性だったんだろうね」
「ああ。凛華さんは、外見も性格も、『いい女』そのものだった……」
祈りを捧げ終えた二人は、しばらくの間、視線の先に映る、風に舞い上がる砂埃を、無言で見つめている。
「俺…………頑張るよ……」
眼差しを遠くに向けたまま、拓人は誰かに向けて言うわけでもなく、ポツリと独りごちる。
「さて…………残りはあと一ヶ所だ」
拓人が踵を返すと、優子も彼の後に続く。
かつて、栄華を誇った場所に背を向け、拓人は最後の目的地を目指した。