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「ほう、なるほど、なかなか良い張りじゃな。私と同じくらいか?」
美穂子に釣られ、イナリも朱華の頬をぷにぷにと触る。
触られる朱華と言えば、為すがまま、されるがままで困り顔を白鳳に送っていた。
「いいな~、イナリちゃんも肌綺麗だし、張りがあるものね。やっぱり、神様は人とは違うな~」
「美穂子……!」
なおも朱華の頬を突いている美穂子の手を、玉依が無造作に握った。締め上げるように、美穂子の手を上に持ち上げる。
「貴女……、美穂子とか言ったわね」
玉依の目が怪しく輝く。
「は、はい……」
ヤバイと思ったのだろうか。美穂子の声に緊張が奔る。
隣では、八意と那由多が暢気にお茶を啜っていた。
「良かったら、これを使ってみて」
そう言って、玉依は美穂子に手にクリームを塗り込んでいく。
「これって、クリーム?」
「私、デパートで化粧品の販売をしているの。若いからって、油断しちゃダメよ? 女性は、年齢に関係なく、美を磨き続ける努力が必要なのよ」
「ですよね! 私もそう思います!」
「美穂子ちゃん、良かったら私の所に来て、安く卸して上げるわよ」
そう言って、玉依は美穂子に名刺を渡す。
「典晶! みてみて! 神様から名刺もらっちゃった!」
「…………」
「まともに取り合うだけ、無駄だな」
文也が呟くが、全くその通りだった。
心配するだけ、こちらが馬鹿を見る。ここ数週間で、身に染みていることだったが、やはりまだ慣れない。ちょっとしたことでも、最悪の事態を想像してしまう。それは、典晶にとって長所であると同時に、短所でもあった。
何事も考えすぎてしまう。毎日、こんなにも考え込んでいたら、典晶の神経がすり減ってしまうだろう。
「で、白鳳さんの用事というのは」
美穂子と玉依の話が一段落したのを見計らい、那由多が場を仕切った。
「その朱華ちゃんの事ですか?」
那由多が視線を向けると、朱華はスッと白鳳の後ろへ隠れてしまう。
「典晶君と似ているような気配がするけど、少し違う。もっと、人に近いような気配がしますね」
「そうじゃの」
「私もそう思っていた。典晶とは違い、より人間の匂いが濃い。それに、力も強い。白鳳も、それなりの力を持っているな」
イナリがスンスンと鼻を鳴らす。
「へぇ、白鳳さんは、力があるのか」
「凄いわね、白鳳さん」
幼馴染み二人がこちらを見る。視線が痛い。
土御門家に生まれ、代々、神や妖の力を受け継いできた典晶だが、一切の力がない。確かに、それで不自由はしていないが、この状況に置かれると、力がないのがなんだか悪いように感じてしまう。
「確かに、この子の問題でもあるんだ……。この子を、救って欲しい」
「救って欲しい?」
典晶は朱華を見る。
可愛らしい顔立ち。しかし、その顔色は青白かった。元々、そんな顔色かと思ったが、白鳳の言葉からすると、違うようだ。
「那由多、見てやれ」
「俺は医者じゃねーよ」
そう言いながらも、那由多は立ち上がると、朱華の前に片膝を突いた。
「普段はどんな感じなの?」
頬を触りながら、那由多は玉依を見る。玉依は肩をすくめる。
「分からない。私、あまり育児に関わって無くて」
あっけらかんと言い放つが、とても笑える冗談ではない。
「育児放棄なんだ、こいつ。卵を産んで、そのままドロン。托卵された俺が世話をしている」
「育児放棄? 卵? 托卵?」
これには、那由多も理解が追いつかないようだ。後ろで見ている典晶達は、全く話が見えてこない。
「八意、どういうことだ?」
率直に、イナリが八意に尋ねる。
「儂もよく分からんが、玉依が生んだ卵を、白鳳に任せたのだろう。白鳳は一人で育てているようだが、恐らく、そこで問題が起きたのではないか?」
「流石、八意ね! 数行で的確な説明をありがとう!」
玉依は、胸の前で手を合わせて微笑む。
歌蝶とも宇迦とも違う、別の意味で掴み所のない女性だ。
「大分弱ってるな。見たところ、病気とかじゃ無くて、栄養失調に近いか?」
朱華の手を取り、那由多は白鳳を見上げる。
「そうなんだ。朱華は、俺たち人間の食べ物じゃエネルギーを摂取できないみたいなんだ」
「なるほど……。それを探しに来たと」
「そうなのよ。その食べ物が」
「宝魂石か」
イナリが言い放つ。
「そう! イナリちゃんも流石ね!」
「儂も宝魂石で力を手に入れたからな」
「イナリは、元々神の純血じゃから、宝魂石は力を手に入れるため。完全な人と神のハーフである朱華は、力をつけ成長すれば人の食べ物でも必要な栄養とエネルギーを摂取できるが、まだ子供の時は宝魂石が必要か。本来、玉依の乳が宝魂石の代わりになり、育つはずなのだがな」
典晶達の視線は、自然と玉依のふくよかな胸に注がれる。
「ん~、それが、私、おっぱいでないのよね。ね、白鳳君?」
「そうそう、こいつ、おっぱいの出が悪くて。形も大きさも申し分ないんだけど……って、知らねーよそんなの! 俺がお前の胸を弄っていると思われるじゃねーか!」
「なんじゃ、お主達。まさか、まぐわってないのか?」
「ま、まぐ……」
文也が玉依を見て、唾を飲み込む。美穂子は少し頬を朱色に染め、視線を外した。
「そうなのよ、八意! 白鳳君ったら、童貞で子持ちなの! まるで、マリアちゃんじゃない? 男バージョンの、童貞受胎!」
「おい! いらないことを言うなよ!」
白鳳が拳を振り下ろすが、ヒョイッと玉依はその拳を躱す。
「おい、玉依。お遊びも常識の範囲内でな。それで、俺たちにどうしろっていうんだ?」
「那由多、宝魂石をありったけ取ってきてよ」
「帰れ!」
間髪入れずに那由多が応えた。