「こんな事、私が言う事ではないっていうは分かっているの。でも、勇人を見てたら不憫で……」
良子が、グラスに入った水を口に運び、居住まいを正す。
「あの子、あなたの事が忘れられないの。勇人と復縁して欲しいのよ。それに、今のあなたはスマートになったし……勇人の妻として相応しいわ。結婚していた頃、あんなに激太りしていたのにね……」
かつての姑の独りよがりな言葉は、まだまだ続く。
「あなたたちが離婚してから、ご近所さんに言われるのよ。『最近、息子さん夫婦を見かけないけど、元気ですか?』って。答えに困って、適当にごまかしているけど、もうそろそろ限界だわ」
(…………は?)
今までは勇人が恵菜に付きまとっていたけど、元夫の母が来たという事は。
(まさか……)
恵菜の中に、身の毛もよだつカタカナ四文字が、胸中で蠢き出す。
ずっと口を重く閉ざしていた彼女は、あまりにも自分勝手な早瀬良子に憤り、感情を捩じ伏せた声音で淡々と質問した。
「今日、お義母さんがここに来たのは…………彼が……お義母さんに、私と復縁するように言ってくれと…………頼んだから……ですか?」
「ええ、そうよ」
良子は悪びれる事なく、サラリと言葉を放つ。
(勇人…………マザコン……だったんだ……。気持ち悪い……)
恵菜の胸元から喉元に掛けて、強烈な嘔吐感がせり上がってきているのを、必死で耐えた。
「お義母さん。私は彼との仲を修復するつもりがないから……離婚したんです。復縁なんて…………ありえません」
動揺する心を抑えながら、恵菜は毅然として答えた。
良子は睨むように、目の前の元嫁を見据えている。
「それに、お義母さん、ご存知ではないのですか?」
「何の事?」
元姑に、勇人と高校時代の後輩、汐田理穂の不倫を知っているかもしれないと思った恵菜は、鎌を掛けるように言ってみたが、知らないようだ。
それとも勇人は、自分が不利になりそうな事は、母親には伏せている、という事なのか。
ない混ぜになっている怒りと呆れの感情に蓋をしながら、恵菜は大きくため息をついた。
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