仁は中年の大柄な自衛隊員に連れられ部屋を出た。深夜という事もあり労働者の喧騒も無くドーム内の廊下は静まり返っていた。聞こえるのは二人の足音だけ。
「誰なんだ?こんな夜更けに連れ出しといて自己紹介も無いのか?」
仁は怪訝な表情を浮かべながら先頭を歩く中年の自衛隊員に聞いた。
「すいません申し遅れました、自分は香山幸一 と言います、階級は二尉です。あなたの話は聞いております。核山一等空尉 」
「元だ。その呼び方は止めてくれ」
中年の自衛隊員、香山は軽く頭を下げ「すいません」とだけ言い謝罪した。
ドームの内部は広大で、廊下も長く続いているため外に出るまでには一苦労だった。しばらく歩き続け、ようやく外に通じる扉にたどり着く。香山がその扉を開けると、目の前には一面の雪景色が広がっていた。12月の冷たい空気が氷点下の世界を一層引き立てている。凍てつく風が久しぶりに外に出た仁の身体を包み込み、彼は思わず身をすくめた。
「こちらです」
香山が言うとドームの前に一台の軽装甲機動車(LAV)が停車していた。助手席と運転席に二人の隊員が乗っている。香山は機動車の後部ドアを開けて、「どうぞ、乗ってください」と仁に言った。仁は言われた通りに機動車に乗車し、隣に香山が乗った。
「向かってくれ」
「了解」
香山は運転席に座っていた部下に指示すると機動車を発進させた。
「どこに向かってるんだ?」
「駐屯地に向かってます、司令官が貴方にお会いしたいと」
「北千歳駐屯地か?」
「そうです」
仁は車窓から深夜の札幌を眺めていた。ゴジラの襲撃から約12年が経ち、かつての札幌の夜景は美しい街灯やビルの光で輝いていた。しかし今、その光景は一変していた。都市の電力は全てドーム型農園施設に供給され、街灯はもちろん、建物も暗闇に包まれている。微かな月明かりと機動車のヘッドライトの照明だけが暗闇に包まれた札幌市を照らしていた。その光は静寂の中にひっそりと息づく街の影を浮かび上がらせ、まるで忘れ去られた記憶を呼び覚ますかのようだった。
「昔に戻るにはまだ掛かりそうだな・・・」
仁は少年時代の頃の光景と、車窓から眺めた今の光景を重ねながら呟いた。
北千歳駐屯地に到着したのはちょうど日付が変わる頃だった。駐屯地に入るとしばらく敷地内の道路を走る抜ける。ここには第71戦車連隊と特殊武器科第3連隊が駐屯しており、93式メーサータンク6両と92式自走高射メーサー砲8両、戦車連隊で配備されている90式戦車や74式戦車を合わせると合計で49両が配備されている。かつては80両以上の戦車やメーサータンクがここに揃っていたが、度重なる怪獣との激闘で多くの損失を被り、今では50両も無かった。やがて仁が乗った軽装甲機動車(LAV)が本棟前に停車する。
仁は機動車から降りると駐屯地内の広場には何十両もの戦車やメーサータンクなどが列を成して停車しており、どれも即応で出動できる状態に整備されていた。
仁は本棟の屋内に入り香山に付いていくと「こちらです」と司令官室の扉の前まで案内された
仁は思い切って司令官室の扉をノックする。
「入れ」
ドアの向こうから響いてきたのは低く力強い声だった。仁は一瞬躊躇したが意を決して司令官室に入る。部屋のデスクに座っていたのは白髪交じりの男。彼の顔には深い皺が刻まれ、まるで数え切れない戦場の歴史を物語っているかのようだった。大柄で筋肉質な体格は、まさに軍人そのもので彼の存在感は圧倒的であった。
間違いない、彼がこの駐屯地の司令官だろう。
「こんな夜更けにすまないな、貴官が核山だな」
彼は片手に持った書類に目を通しながら言った。
「はい、そうであります」
「私は駐屯地司令の飯沼和夫だ、まあよろしく頼む」
飯沼の名前を耳にした瞬間、仁は驚きの表情を浮かべた。
仁の頭に浮かんだのは、飯沼和夫、彼は名のある影響力ある人物だった。階級は一等陸佐。かつてGフォースに所属し、名高いメーサー部隊の大隊長として名を馳せた男だ。1997年にGフォースが解体された後、彼は陸上自衛隊に転属。そこで彼の過去の実戦経験と輝かしい実績が高く評価され、特殊武器科連隊長兼北千歳駐屯地司令官に任命されたのだ。いわば本物の軍人でもある。
「貴官と会うのはこれが初めてだな」
すると飯沼は片手に持った書類に目を通しながら話し始める。書類には仁のプロフィールが記載されていた。
「核山仁、23歳、元空自で一等空尉、千歳基地第2航空団の第201飛行隊所属F-15Jのエースパイロットか、22歳の時に空自から陸自に転属されてスーパーXⅢの二代目機長に任命か・・・」
すると飯沼は“フゥー”とため息をもらすと再び話し始める。
「XⅢで実戦記録ではチタノザウルスの上陸阻止、海自との共同作戦で日本海にいたエビラを駆除、その他作戦時の成功にも貢献していると、これだけ見みるとかなりの活躍ぶりだな」
飯沼は片手に持った書類の束をデスクに置いた。一瞬室内が静寂に包まれ緊張感が漂う。何故呼び出されたのか?自分の過去の戦績を今何故話すのか?仁は疑問に思っていた。
「だがここには、こう記載されている」
すると一枚の書類を仁に見せる。その書類に記載されていたのは「バラン駆除作戦」の報告書だった。
「貴官はこの作戦に参加していたな」
そう言いながら飯沼の鋭い視線が仁に向けられた。飯沼からの質問には威圧感を感じる。仁は「はい」とだけ返し、飯沼は続けて質問した。
「貴官はこの作戦時に命令無視して怪獣に対して攻撃を行ったと記載されているが、これも事実か?」
まるで尋問されているかのようだった。
「事実であります」
仁は素直に認めた。
「貴官が地上の戦車部隊を助けるために待機命令を無視して攻撃を行った理由を教えてくれ。貴官はこの時、何を考えていたんだ?命令無視を行えば厳罰である事は貴官も承知だろう?」
その質問を聞かれた瞬間、仁は考え込むとそのまま話し始めた。
「飯沼陸佐。私がこの作戦時、攻撃を決断した理由は、怪獣によって地上の戦車部隊が壊滅するのは時間の問題であり、待機してるだけでは間に合わないと感じたからです。危機的状況である地上の彼らを助けるために私はスーパーXⅢにて行動を起こさなければならないと思いました。命令を無視する事は厳罰に値する事は承知しています。が、私には地上で奮闘している仲間を救いたいと強く思っていました。待機命令の重要性は理解しています。しかし、地上の部隊が怪獣によって一方的に蹂躙されている状況をただ上空からコックピット越しで見過ごす事は出来ませんでした。私の判断が正しかったとは言いません。ただ最善を尽くしたと思っています」
仁が自分の言葉を言い終わると、静寂がその場を包み込んだ。緊張感が漂う中、飯沼の視線は彼に向けられていた。その顔は冷静で感情を表に出さないように見えた。
仁自身、あの時行った行為は間違っていなかったとは思ってはいない。だが結果的に壊滅寸前の戦車部隊を救う事は出来た。その為、懲戒免職処分を受け、スーパーXⅢの機長としての権利が剥奪される事となっても後悔はしていない。もはや自分には、これ以上戦う理由も無かったからだ。母の命を奪ったゴジラはもういない。飯沼はしばらく仁を見つめ、その後、ゆっくりと頷いた。
「なるほど、風間が気に入るわけだ・・・」
そう呟くと飯沼は先ほどの厳しい表情から笑みを浮かばせると仁に向け、こう言った。
「合格だ」
飯沼の言った“合格”とは一体どういうことなのだろうか仁は理解できなかった。すると飯沼は地図をデスクの上に広げた。
「どういうことですか?」
「実は貴官に見せたい物があって呼んだのだ。今から貴官にはUHでここに向かってもらう」
そう言いながら飯沼は指で場所を指した。その指された場所は・・・
「演習場ですか?」
飯沼が指した場所は陸上自衛隊の東千歳演習場だった。千歳市の南部に位置するこの演習場は約12.000ヘクタール以上の面積を持ち、日本の演習場の中で一番広いされている。そこに飯沼が仁に見せたいものがあるのか?
「この演習場に一体何があると言うんですか?」
「それはまだ教えられない、なにせ極秘だからな。とりあえず演習場に行けば分かる事だ」
すると“コンコン”後ろから扉がノックされた。
「来たか。入れ」
飯沼が言うと扉を開け一人の若い男の自衛隊員が入ってきた。引き締まった体格に筋肉質でありながら柔軟性のある姿勢をしており、背筋を伸ばし堂々としている。短めの黒い短髪は整えられ清潔感を感じさせ、若い自衛隊員としての風貌を感じさせていた。
「わざわざ遠い所からすまないな。貴官にも紹介しよう、彼は渡辺高志一等陸尉だ、これから貴官の同期になる者だ、まぁ仲良くしてくれ」
「お会いできて光栄です!核山一等空尉!」
そうハキハキとした声で言う高志、しかし仁はこの状況が理解出来なかった。飯沼の言った“同期”とは?俺はもう自衛隊員では無いはず・・・。仁は困惑していた。それを悟ったのか飯沼が話し始める。
「まぁ混乱しても仕方が無いだろう、ようは貴官を、いや核山君を再び自衛隊に戻ってもらうと言う事だ」
「戻・・・る?」
仁はさらに困惑した。
「まぁ強制的に自衛隊に戻れとは言わないがな、だが演習場行ってから決めてくれ。渡辺君、彼を連れてってくれ」
「了解です」
司令官室を出た仁と高志は、屋内の廊下を歩いていた。すると、先頭を歩いていた高志が仁のほうに振り向き、突然仁の片手を両手で掴んできた。
「ずっと会いたかったんですよ!貴方があのスーパーXⅢの機長だと聞いてずっと楽しみでした!!実は自分、核山空尉の大ファンなんです!憧れの存在と言いますか・・・とにかくお会い出来て本当に光栄です!!」
「えっ、あぁ・・・」
高志はまるで熱狂的なファンのように目を輝かせながら言った。
「これから核山空尉と一緒に任務が出来るなんて、心躍りますね!」
「元だよ、それに、まだそうと決まったわけじゃ・・・」
仁は高志に案内されながら、本棟を出て、すると屋外の広場に出た。広場には駐機していたUH-1H/Jが発進の準備を整えていた。ローターが回り始め、その風が髪を揺らした。
仁と高志はUHの後部に搭乗し、機内に配置されたベンチシートに座る。やがてローターの轟音が機内に響き渡り、二人の操縦士も搭乗し、発進の準備が完全に整った。仁はヘッドセットを装着した。そしてローターの轟音を響かせながらUH-1H/Jはゆっくりと上昇した。
静寂に包まれた夜の暗闇から、朱色に輝く太陽が昇る。冷え込んだ大地の草木には白い霜が付き。白い蒸気霧が昇った太陽によって照らし出された。静寂に包まれた夜明けだった。しかしその静寂を破るように、上空からローター音が響き渡った。二人を乗せたUH-1H/Jが目的地である東千歳演習場に向け飛行していた。
仁は座席近くの小さな窓から地上を見下ろした。浮かび上がった白い蒸気霧が地上を薄く包み込み、早朝の太陽の光と合わさり、神秘的な光景と変わる。
「綺麗な“気嵐”ですね」
目の前の座席に座っていた高志がヘッドセッドに付けられたマイク越しにそう呟いた。
「なぜわざわざ、多用途ヘリでなんかで行くんだ?駐屯地から演習場までそこまで離れてないだろ?」
「確かに行けなくは無いですが、演習場内の“あそこ”に行くのは何分こっちの方が便利なんですよね」
「そろそろ教えてくれないか?俺に何を見せようとしてるのかを?」
「まだ詳しい事はここでは話せませんが、まぁもし一言で言うのならば“人類の希望”ですかね」
北千歳駐屯地から離陸したUH-1H/Jは10分ほど飛行すると「まもなく演習場です」操縦士が言った。UH-1H/Jはそのまま演習場内の空域に入った。
仁はヘリの窓から演習場を見渡す、緑の絨毯のような森林に広がる草原、遠くには青々とした山々が連なっている自然豊かな光景が眼下に広がっていた。昇った太陽の光が木々の間から差し込み、草原の中に点在する小さな建物や、整然と並ぶ装甲車や戦車がまるでジオラマのように見えた。
「まもなく到着します」
そう言われ、再び窓を覗き込む。そして仁は驚愕した。
「あれは・・・?」
目の前に広がるのは、緑の草原が広がる美しい風景。しかし、その中心には、自然の美しさとは対照的なドーム状の巨大な構造物が見えてきた。ところどころから人工的な光が点滅している。
その構造物は無機質な金属やコンクリートで構成され、まるで異次元から来たような存在感を放っている。その構造物は巨大な何かを格納する施設のようだった。
周囲には警備のために装甲車などの自衛隊の車両やバリケードが配置され、警戒が厳重に行われてる様子が見て取れた。ヘリはゆっくりと降下し、ドーム状の構造物付近に設置されたヘリポートに着陸した。後部のドアが開かれるとローターの轟音が響き、仁は機体から降りる。
○
高志に案内され、仁は施設内に入っていた。施設の地下深くに通ずる薄暗い廊下を進むと、赤く光る不気味なライトが一列に並び、その光が廊下を弱々しく照らしている。足元には巨大なケーブルが何本と伸びており、何かしらの機械の音が響いていた。その音が廊下の奥まで響き渡る。
「不気味な場所だな・・・これが俺に見せたかったものなのか?」
「いえ、これからですよ」
高志は軽く笑みを浮かべた。だが薄暗く赤く照らされた高志の笑みは不気味に感じた。
「ここは一体何なんだ?」
「まもなく分かりますよ」
まるで焦らされてる気分だった。だがそれと同時に仁には並々ならぬ高揚と、そして微かな戦慄を感じていた。その戦慄はまるで過去を思い出させるような・・・。
こんな恐怖を感じたのは久々だ・・・―――
「着きましたよ」
そう感じてるうちに高志に言われ我に帰る仁、目の前にあったのは重厚な扉だった。高志は脇に設置されたパネルに暗証番号を入力し、最後に親指を画面に付けると、扉から“ガシャ”という音が響いた。どうやらロックが解除されたらしい。
“ギシッ”という音が響いたのと同時に重い扉がゆっくりと開かれた。仁は遂に足を踏み入れる。
そこは先ほどの一本道とは違い、ひらけた場所だった。周囲には重厚な鉄の柱が立ち並び、巨大なクレーンが何台もそびえ立っている。そこからは時折、金属が擦れる音や、遠くから聞こえる機械の動作音が響き渡っていた。
やはりここは何かを格納してるのだろう。巨大なスロットがあり、周囲には整備や武器の搭載が行える作業エリアが配置されていた。
そしてその中央に姿を現したのは・・・
仁の目の前に現れたのは。“機械で出来た巨大な怪獣”だった。“全身は濃い緑色の装甲”に覆われ、無骨さを感じさせた。鋭いラインと無駄の無いフィルムで構成され、装甲の隙間からは機械的なパーツが覗き、機械で出来た冷たい目は、まるで生きているかのように感じる。“頭部”は鋭い顎と、鋭利で人工的な牙が並び、機械で構成された鞭のように長くしなやかな“尾“は緑色の装甲を輝かせ、尾の先端には突き刺し、肉を抉る為に作られたかのような、ドリル状の巨大な掘削装置が搭載されていた。そしてその機体の背中には機械で出来た“背鰭”が連なっていた。その姿はまさしく・・・
「ゴジラ・・・」
仁は戦慄しながらそう呟いた。目の前にいるのは、機械で構成された“ゴジラ”だった・・・。その瞬間、仁の中で過去の“ゴジラ札幌襲来時”の記憶が光景として映し出された。仁は片手で頭を抱えた。目の前にいる“機械のゴジラ”と、あの時、仁の大切な者を奪い故郷を蹂躙した“ゴジラ”と重なって見えた。そしてあの時感じていた恐怖が再び蘇った。
「驚きましたか?」
高志の一声で仁は我に帰った。
「この“ゴジラ”は一体何なんだ・・・?」
「これはGフォースの残存していた過去の“メカゴジラ”のデータを元に独自で開発した“対怪獣用戦闘兵器”
通称・・・
『第二型メカゴジラ』です」
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