外で酒を呑んでいたのか、冨岡はフラフラとしながら夜遅くに帰宅する。
「オイオイ…大丈夫か、冨岡。お前が酒に呑まれるなんて珍しいこともあるもんだなァ」
「俺は酔っていない」
「馬鹿野郎、それ酔ってるオヤジが言う決まり文句だろうよォ」
不死川はそう言って優しく微笑み、冨岡を担いで、予め用意していた布団に寝かせた。
どこで誰と呑んでいたか気になることは山ほどあるが、今は無事に帰ってきてくれたことが心底嬉しい。
「悪かった、不死川」
「何急に…つか、謝んなきゃなんねェのは俺だろ」
「そうかもしれないが、お前だけの責任じゃないだろう。俺が家事全般をお前に任せすぎて自分の時間を疎かにしていたのではないか」
「なんのことだよ、脈略ねェだろソレ」
酔っ払いの戯言か。
不死川は冨岡の言っていることが全く理解できない。
家事全般を任されていたが、自分の時間は確保していた。
それに元々家事や動くことが好きなので苦痛にも感じていない。
「欲求を満たせず、すまない」
「ア?」
「俺はお前の欲求を満たす為だったら抱けると思っていたが無理だった」
男と同居し自分の時間がなく、性欲が爆発してしまい、冨岡に頼ったと思われているということだろう。
相変わらず口下手で分かりずらく、こんな誤解までされているなんて知りもしなかった。
だが、今回に関してはこっちが言えたものではない。
気持ちを伝えず、抱くように誘導した挙句、今は幸せになってほしくて捨てられたいと身勝手に思っているのだから。
「別に、欲求不満じゃねェし。それに、抱けなくて当然だ。こんな傷だらけで色気もなくて、女に見える要素もない野郎…無理に決まってんだろォ」
窓に映る自分を見て、不死川は絶望する。
一般家庭とは程遠い環境で育ち、人との接し方もろくに知らない自分が冨岡の横に並び、幸せを分け与えることが出来るはずない。
「勝手に決めつけるな。あの時に抱けなかったと言っただけで俺はお前に欲情する」
「意味分かんねェおべっか言ってないで、酔っ払いは早く寝やがれェ」
「待て、お前はまるで俺のことが分かっていない」
冨岡に腕を捕まれ、壁へ追いやられる。
いくら引退したからとはいえ元柱、酔った人間を振り解けないほどヤワでは無い。
(なんで…ピクリともしねェ…)
力が強く、腕が赤くなる。
早く振り解かなければならないのに、真っ直ぐと自分を見ている冨岡の瞳がそうはさせてくれない。
「白い綿毛のような髪、長いまつ毛、桜色のふんわりとした薄い唇、少し赤い肌、綺麗な胸元、引き締まった筋肉に、細い腰と小さな尻、お前はどこもかしこもいやらしいんだ」
「やめ、うそっ、」
「そうやって照れて全身を火照らしているのも、年相応な笑みも、赤子のように泣きじゃくるのも、眉間に皺を寄せ怒るのも全部…」
震えている不死川の頬を撫でた。
潤んだ瞳に吸い込まれるようにキスをする。
「お、俺はお前にっ!幸せになってほしくて!俺が…隣にいるより女房と、」
「幸せになってほしい?なら、俺は知らない女と家庭を作るより、不死川と共に暮らす方を選ぶ」
何故こんなにも欲しい言葉をくれるんだ。
これでは短い命を奪っているということを忘れ、その言葉に甘えたくなってしまう。
「不死川、お前は俺と一緒が嫌なのか。嫌だから、そうやって俺を拒絶するのか」
「違うに決まってんだろォが!!俺はお前だけなんだよ!!俺はお前しか居ない!!そんくらい大切で、俺が守れるのはもうお前しか居なくて、幸せになって欲しくて」
決心して自ら離れようとしているのにも関わらず、この男は一瞬にしてその決意を揺らがせた。
「そうやってお前はいつも相手の幸せを願って去って行くんだな。なら、俺はお前から離れない」
「なんで!俺は!別にイイ!」
「他人のことばかり大切にし、自分を雑に扱うのなら、俺が代わりに不死川を大切にする。お前の幸せを誰よりも願う」
眩しい。
普段は何を考えているのか測りきれない目をしているのに、こういう時の冨岡は堪らなく純粋な目をしていて、薄汚れている自分と違うのを目の当たりにし、直視出来ないんだ。
「明日、約束通り一緒に出掛けてくれないか」
「なんでこんな時に…」
「こんな時だからだ。俺達は話し合っても上手く意思疎通が出来ていない。なら、互いのことを知るには出掛けるのが1番ではないか」
その言葉を聞き、不死川は黙る。
空気は重く、酸素が薄く感じた。
「わかった、1度約束しちまったしな」
「不死川…!」
「ただし、会うのは明日で終わりにする」
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