(確かに、ここは、先にいった方が良いのかも知れない)
戦況を見る限り、俺達が割って入ったところで、どうにもならないだろう。
ここは、アルベド・レイに任せて、俺達は、王宮の方に攻め込んだ方が良いのかも知れない。出なければ、先へは進めないだろう。
(しかし、彼奴を放っておいて良いのか?)
慈悲をかけるつもりはない。だが、死んでくれとは思わない。例え、恋敵だとしても、ライバルだと認定していたとしても、エトワールの最良のパートナーである以上、彼が死ぬことは、エトワールの笑顔が曇るも同然だった。
あたりの騎士達は、皆加戦すべきかと迷っているようだった。だが、あのレベルの高い戦いに身を投げられるほどの技術は、ここにいる奴らにはないだろう。俺が入っていったとしても、どうなるか……
「ブリリアント卿は」
「僕ですか? 僕は、ここに残ります」
「何故だ?」
「僕にも、やらなければならないことがありますし……」
と、ブリリアント卿は、口ごもる。
やらなければならないことは何なのか。ブリリアント卿の考えることを理解することは出来なかった。元より、読みにくい人間ではあったが。
(と言うことは、俺達だけで攻め込まないといけないのか……苦しいな)
「ルーメン、転移の準備を進めてくれ」
「しかし、殿下。彼らをおいていくのですか?」
「彼奴らが決めたことだ。俺が無理に従わせる理由もない。それに、彼奴ら、引きつけて貰った方が良いだろう」
「……」
ルーメンは何も応えなかった。
ルーメンも分かっているのだろう。アルベド・レイだけで、あのラヴァイン・レイに勝てるのかと。今は一方的に押されているため、勝ちが見えない。だからこそ、ここでアルベド・レイを失う可能性を考えたとき、皆でラヴァイン・レイを倒した方が良いのではないかと。
俺もそう思うが、あの兄弟げんかに突っ込んでいけるほど、余裕はないだろう。
「俺の指示通りにしろ。彼奴らを信じろ」
「……殿下が」
「何だ。何かまだあるのか」
「いえ、殿下がそんなことを言うのが珍しいと思いまして。だって……遥輝って、人を信じない奴だろ?俺以外に」
と、ルーメンはフッと笑う。
確かにそうだな。と、今思えば同感だった。
俺は、人のことを信じられなかった。それは、遥輝だったときも、リースに転移してからも。人のことを信じられず、信じられるのは自分とルーメン、そしてエトワールだけだった。だからこそ、アルベド・レイを信じて、俺達が先にいくという選択肢をとれたのは、俺の成長の証なのかも知れない。
(それほど、信頼を寄せているのかも知れないが)
皮肉な話ではあるが、俺がアルベド・レイに信頼を寄せているからなのかも知れない。彼奴の強さは認めている。だから、こんな所で倒れるたまではないと。
「すみません、皇太子殿下」
「お前は……エトワールの」
「はい。エトワール様の護衛を務めさせて貰っています。アルバ・シハーブです。私も、ブリリアント卿と共に、ここに残ります」
「何故だ? お前の主は、捕まって王宮の方にいるんだぞ。何故、お前まで……」
そうして、俺に話し掛けてきた、アルバという女性騎士もここに残ると言いだしたのだ。イレギュラーが起こりすぎて、思考開路がショートしかける。
まあ、これぐらいのイレギュラーは起こりうると考えて行動していたために、すぐに冷静になれたのだが、まさか、アルバまで言うとは思わなかったのだ。
真剣な表情で俺を見つめ、覚悟を決めたかのような顔でそう口にする。アルバが今優先すべきは、エトワールの救出ではないのか。だが、アルバはそれ以上に大切なことがあるというように俺を見ているのだ。
(何もかも、上手くいかないものだな)
「ブリリアント卿」
「はい、何でしょうか。アルバ嬢」
「……その傷、グロリアスにやられたものですね」
と、次は、俺ではなくブリリアント卿の方を向いてアルバは言う。ブリリアント卿は何故分かったとでも言わんばかりに目を丸くした。図星だったようだ。
(ああ、確かエトワールが顔が曇ったとき、自分の護衛が……何て話は聞いたな。まさか、敵側に寝返っていたとはな)
ただそれだけを聞いて、理解できる自分の頭も大概だが、アルバも何故、傷だけであの護衛がやったものだと分かったのだろうか。根拠は。
「何故、分かったんですか。アルバ嬢」
「……近くで見てきたので。グロリアスの事は……似た境遇で、切磋琢磨し合う関係だったので……と言っても、そう思っていたのは私だけだったかも知れませんが。その切り傷、殺意を感じながら、何処かまだ優しさを感じる傷だと思いました。グロリアスの腕なら、きっと不意を突けばすぐに殺せるのに……それをしないのは」
「まだ、エトワール様の事を思っているからだと?」
「分かりません。若しくは、ブリリアント卿に何か思い入れがあるのかも知れません」
「……そうだと、良いんですけどね」
そう、ブリリアント卿は言うと、遠くの方を見た。ブリリアント卿とあのグランツという男がどんな関係にあったかは、把握していない。けれど、ブリリアント卿が傷を負いながらも生存し、帰ってきたのはそういう理由があるのかも知れない。アルバはめざといと思った。
(確か、グランツのユニーク魔法は、魔法を斬ることができる魔法だったな……この場合、ブリリアント卿が残るよりも、アルバが残った方が良いのかも知れないな……いや)
それだけじゃ、きっと勝てないだろう。
アルバとブリリアント卿、二人がかりでやっとグランツと互角に戦えるのかも知れない。グランツの力は未知数ではあるが。
「分かった。許可しよう。だが、そいつを必ず連れて帰ってこい。そして、俺の目の前に連れてこい。その後、エトワールの元に連れて行く」
「御意」
そう言って、アルバとブリリアント卿は軍の中から外れていった。
あの二人に任せるしかない。まだ、グランツに光が残っているというのなら、もしかしたら……戦力にもなり得るかも知れないからな。
(ただ、エトワールを裏切った奴を隣に置いておくのは気が引けるが)
「殿下、転移の準備が出来ました」
「ああ、分かった」
ルーメンの声を聞き、俺は転移の準備が完了したことを軍全体に伝える。目の前では、まだ攻防戦が繰り広げられていた。
こちらを気遣う様子もないように思える。今のうちに。
「殿下、五秒後に転移が完了します」
「ああ――――」
俺は、ルーメンの声に応えつつ、目の前のアルベド・レイに対して叫んだ。その声に、一瞬だけ、彼の瞳がこちらを向く。
「必ず、勝て。アルベド・レイ!」
「……ハッ、当たり前だつーっの」
最後に見た景色は、アルベド・レイが勝ち誇ったような笑みを浮べているものだった。
(……やはり、転移魔法ではない転移の仕方は、楽だが……身体に来るものがあるな)
まだ調整の段階だった。魔道具を使った転移魔法。しかし、この人数を一気に転移させるにはこの方法しかなかったのだ。全員にかける転移魔法よりもコスパがいい。皆の魔力温存を考えるとこれが最適解だった。
しかし、調節が不十分であり、気分を悪くするものもいた。
(まあ、仕方がないか……)
無事に転移は終了したことだし、大目に見て欲しい。
そう思いながら、俺は目の前にそびえ立つ城を見上げた。ラスター帝国の皇宮とはまた少し違う作りの城。前々では、もっと明るい色だったのかも知れないが、その壁面は真っ黒だった。まるで、黒曜石のよう。光を一切受け付けない、そんな気もした。
周りに敵の気配はしない。さすがに、一気に転移してくるとは思っていなかったのだろう。それとも、城を守る必要はないと思ったのか。
「ルーメン」
「何ですか、殿下」
「扉を開いたら中に一気に攻め込むぞ。敵は今のところ周りにいないようだからな」
「……何か嫌な予感しません?」
「そうだな。同感だ」
何故、城の周りに敵がいないのか。疑問だった。普通、その周辺を守っているはずなのだ。だが、その気配がない。かといって、中に居そうかと言われたら、また違う。何だか、空気がここだけ違うような、空間が切り取られたような感じなのだ。
(慎重に行く……それだけしかないのか)
そう思いながら一歩前に踏み出すと、ヴンと足下に黒い魔方陣が浮かび上がる。
「は……ッ?」
まさか、転移魔法かと、俺は避けようとしたが、その魔方陣から黒い手のようなものが現われ、足を捕まれてしまった。
(まさか、混沌か?)
直々に、俺を始末しに来たか。そう思いつつ、俺は、ルーメンの方を見る。皆動揺しており、俺の方に駆け寄ってきた。
「ルーメン!」
「殿下!」
「後は、任せたからな」
「は、待てよ。んなの、聞いてねえし、遥輝!」
そう、俺の名前を呼んで叫んだ親友の手を取らず、俺は黒い手に飲み込まれるようにして転移した。
真っ黒な、何もない空間に――――
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