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『やりたいことがないまま進路希望を出す』

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『やりたいことがないまま進路希望を出す』

6 - 第6話 “大人の続き”を、初めて聞いた

2025年12月06日

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第5話 “大人の続き”を、初めて聞いた

日曜の昼過ぎ。

机に向かったものの、肝心の勉強はまったく進んでいなかった。




数学の問題集を開いては閉じ、

閉じてはスマホを見て、

そのまま30分が溶ける。




――昨日、塾の体験で山本さんが言ってた言葉。


“負けたあと、もう一回考えるほうが長いんだよ”




あれが、じわじわ効いていた。




やりたいことを追って負けた大人。

やりたいことのないまま選ばされる自分。




どっちがマシなんだろう、と考えてしまう。




そんなときだった。




スマホが軽く震えた。

見覚えのある番号――塾の番号だった。




「……はい、安藤です」




『あ、安藤くん? 昨日の山本です。

体験授業のフォローで一回電話したかったんだけど、大丈夫?』




「あ、はい。大丈夫です」




少しだけ緊張する。

山本さんは、軽い声で続けた。




『昨日さ、いろいろ話したけど……。

ちょっとだけ“俺の続き”の話、してもいい?』




「続き、ですか?」




『うん。昨日は“夢に負けた話”で終わったけど……

そのあとの話、まだ言ってなかったなと思って』




紙の上に置いたシャープペンを、思わず握り直す。




『俺ね、教員試験に落ちたあとの数年間、

本気で“何者でもない自分”に耐えられなかったんだよ』




電話口の山本さんは、いつもより少しだけ低い声だった。




『友達は教師になって、スーツ着て教壇に立って、

“先生”って呼ばれて、

大人に見られて。


俺は、その横で塾講師のバイトのまま。

資格もないし、職歴も胸張れない。

“何も残ってない人間”って気がしてさ』




山本さんがそんなことを思っていたなんて、

昨日の講師室の明るい雰囲気からは想像できなかった。




『でもある日、ふと思ったんだよね。


“何者でもない時間って、

実はむっちゃ長いんだな”って』




「何者でもない、時間……」




『進路決める高校生もそうだし、

社会出てから仕事迷う大人もそうだけど。


“決まってない状態”ってさ、

世の中じゃ“遅れてる”とか“ダメだ”って扱われがちじゃん?』




「……まあ、そうですね」




『でも実際は逆でさ。

“決まってない時間”って、悪いことじゃないんだよ。


むしろ、決めたあとより長い。

決めた“先”の人生のほうが、ずっと長いんだから』




山本さんはそこで一息ついて、少し柔らかい声に戻った。




『安藤くんは、まだ決まってなくていい。

決まってない自分を焦って叩き起こす必要はないよ。


昨日の君のノートの“やりたくないことリスト”、

あれ、めちゃくちゃ大事だからね。

ああいうの書ける子は、ちゃんと選べるよ』




昨日、なんとなく書いたあの落書きみたいなメモが、

勝手に胸の奥で光った。




『それでね、もしよかったらだけどさ。

来週、一回“保護者面談前の個別相談”って形で来ない?

進路、いっしょに整理しよう』




「……俺だけでいいんですか?」




『うん。

本番の三者面談の前に、“自分の足場固め”しとくほうが楽だよ』




電話口の山本さんは、押し付けがましくなかった。

勧誘めいた空気もない。




ただ、

「大人の側から見た“決まらなさ”の価値」

を、ちゃんと話してくれた。




「……分かりました。行きます」




そう言うのに、思ったより迷いはなかった。




『じゃあ、来週の土曜、16時に』




「はい」




電話を切ると、部屋の静けさが戻ってきた。




机の上のメモ帳に、昨日の続きが残っている。




『そもそも進学するべきなのか?』




その下に、シャープペンでゆっくりと書き足す。




『“決まってなくていい時間”を、ちゃんと使う』




書いてみると、

少しだけ呼吸がしやすくなった。




決まってないことを、恥じる必要はない。

決まってないからこそ、動けることもある。




山本さんの言葉は、

昨日の塾とは違う形で胸に刺さっていた。

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