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眠狂四郎
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#読み切り
ruruha
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みゆ
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「若年性アルツハイマーですね。」と言われた時には立ち尽くした。
脳裏に浮かんだのは自分ではなくってあいつだった。
初めは本当にささいなことからだった。
近頃人の名前が思い出せないとか、どこに物を置いたとか。
違和感というほどの違和感ではなかったのだがここ最近になって状態は一変した。
私は窓を空けずとも風が舞い込むボロアパートの一室に住んでいる一人暮らしの中年。
いや、正確には+一匹暮らしといったところだろうか。
家具もなく寂しい彼の部屋にはいつも、可愛らしいハツカネズミが居た。
あいつはいつも疲れ果てた私を癒してくれた。
買った覚えはないからいつの間にか住み着いていたのだろうか。
…なんてはずはない。買ってないのは確かだが何らかの出会いはあったはず。
残念なことに今となっては思い出せないんだ。
まあ出会いは思い出せずとも、ずっと一緒に暮らしてきたのは覚えてる。
私は妻子もいない。
だからこそ、その分の愛情をあいつに注ぎ続けた。
「認知症って、あの…?」
「はい。かなり進んでしまっていますね。予兆はいつごろからでしたか?」
「前から何かを忘れることはあったんですけど…ここ最近ひどくて。」
あーあ。
もっと早く気づいてればな…。
慌てて訂正するように医者はつけ足した。
「でも、まだ治るかもしれません。認知症は治った前例もありますから。」
とはいえども医者の表情で悟ってしまった。
ああ、これは治らないんだろうなって。
診察室を出てもずっと悲しさは消えなかった。
この辛さを忘れたいけれど、大事なものばかり忘れていくんだ。
今この瞬間も、歩いてくたびに思い出が抜け落ちている。
やがて歩くうちに病院の出口に着いた。
さて、どうしようか。
見上げた途方もない空には絵の具を落としたような水色が広がっていた。
医者は私が診察室を出る際、球体迷路を渡した。
「これが脳のトレーニングに最適でしょう。どうぞ。」
迷路なんて子どもの頃以来だ。
「ありがとうございます。」
「あとは忘れても思い出せるように日記をつけるようにしましょう。」
そういうと医者は私に小さいノートを渡した。
「診察に行く予定は書き入れておきました。日記はその時持ってきてください。」
アパートに着いた時も憂鬱な気持ちは続いていた。
心がすっからかんになってしまったようにふらふらした足取りで部屋に向かう。
「いっそ今死んだって変わらねえよ」
いつの間にか私はそう呟いていた。
そしていつもより重いドアノブを回す。
椅子に寄りかかり天を仰ぐと、目線の先にはあの白ネズミが居た。
「お前ももう短いよな。せめて、こいつが死ぬまでは生きてやるか…。」
医者の治るかもしれないという言葉を思い出す。
そして迷路とノートを取り出した。あまり意味はないのは分かってる。
それでもやるんだ。コイツの最期を見守るために。
正直迷路はやってるうちに覚えてしまうだろうと思っていた。
だが次の日にはすっかり忘れてしまう。
それほどに自分の病気が進行しているんだと危機感を覚える。
それに対して日記は気を病まずに済んだ。
今日あったことを書き出すだけで良くなってる気がしたから。
「とはいえ、前のページ見ると精神キツイな、全然覚えてねえや。」
それに、、、
誰か頼る人が医者の他に居なかったことに気づいたんだ。
私は思っていたよりも孤独だった。
あの診断から数日。
もう助からないことが明白になってきた気がする。
認知症ってこんなに早く進むものなのか…と途法に暮れる。
そして、どことなく苦しそうだった。
私じゃない。
あのネズミがだ。
辛そうだったあいつを見てるとこちらも苦しくなってくる。
もうあいつも寿命が近いんだろう。
今日はまた病院に行く日だ。
歩き慣れた道を辿り、病院に行く。
「そうしたらノートは持ってきてますか?」
「あ。」まずい。忘れていた。また部屋に帰らないといけない。
認知症のせいか、はたまたうっかりしていたのか。
「まあ、大丈夫ですよ。今ここで覚えてることを言えますか?」
「はい、えーっと、まず前に病院に来たのはいつでしたっけ…?」
「3日前ですね、少し思い出すには厳しいでしょうか。」
首を縦に振る他なかった。
「もしかしたら、もしかしたらもう脳が機能しなくなる日は近いかもしれません。」
その言葉に絶望した。
「退化スピードが異常なんです。もうすでに重度の認知症に片足が踏み込んでます。」
「どうなっちゃうんですか。」
「…すべて忘れる、が一番マシな可能性とさえ言えるでしょう。」
「そんな、あんまりじゃないですか、」
「…私はこれは勧めたくないのですが。」と暗い表情の医者は語りかけた。
「?」
「今医学界をとある薬がざわつかせているんです。」
「薬…ですか。それはどういう。」
「脳のキャパシティを大きく拡大するという薬なんです。今、あなたは知識を入れる容器が縮んでいってるんですけれど、その容器を大きく増やす薬というわけです。」
私は目を輝かせた。
「でも、」
そう呟いた医者は心配そうな目でこちらを見てきた。
「これは半分実験です。まだ人に試したことがない。」
「それって危ないってことですか?」
「私はそう思います。今、医学界がこの薬を投与する被験者を抽選しているんです。」
医者は大きなため息をついた。
「イカれてますよね、実験対象を募集するなんて。それに応募する医者もです。」
「…そうですよね、とりあえず自分で治しすように、」
「ですが」
被せるように医者は言い放った。
「患者を見殺す方がよっぽどイカれてますね。」
「え?」
「どうしますか。当たるかは分かりませんが、応募してみましょうか?」
迷っていた。
本当なら今すぐ「はい」と答えたかったが、「危ない」という言葉が何度も頭を行き来する。
「人生は迷路みたいなものです。悩んで壁にぶつかってもゴールまで行ければいいんですから。無理に危ない薬を飲んで近道するのも良くはないです。どうしますか。」
でも、今のままだとあの白ネズミをいつか忘れてしまう気がする。
今朝のあいつは苦しそうだった。近いうちに死ぬことは目に見えている。
しっかり覚えてる状態であいつの最期を見送りたい。
それにどうせ忘れるなら。
そう思った瞬間口は動いていた。
「応募するだけしてみてくれますか。」と。
そこから数日が経ったある日。
ここ数年かかってさえ来なかった電話が音を立てた。
受話器を取るとそこからは驚くほど明るい医者の声が聞こえた。
『とてもいいニュースです!』
「えーっと、どうしたんですか。」
『薬が当たりました!奇跡ですよ!何万分の1です!』
急いでノートをめくると数日前の日記に薬のことが書かれていた。
「ほ、本当ですか?認知症を治すっていう、?」
『えぇ、今すぐ取りに来てください!』
急いで支度を終わらせ、病院を指す地図を持って歩き出した。
薬を受け取った。
形は普通のカプセル薬のようで、それが10錠ほど入っている。
本当にこんなものに効き目があるのだろうか、
一日一錠飲むことで治る、いくらなんでも変な話だ。
そうだ、そもそも医学的証明はされたが試されたことはない薬だ。
期待しすぎるのはよそう。
そうは思っていたが効き目は予想以上のものだった。
はっきりとした感覚があるし、風船のように身体が軽い。
今まではこんな状態で生きていたのかと思わせるほどの代物だった。
それに物の位置まで覚えてる、天才にでもなった気分だった。
ただ一点。
なんとも言えない不快感が身体をつつみ込んでいた。
体調は悪くないのだが例えるなら優しく脳みそを直接触られている、そんな気がした。
医者は「薬の副作用である倦怠感の一種でしょう。」と言った。
でも良いんだ。記憶が維持されればこいつの死に際に立ち会える。
そんな代償安いもんだ。
そう思いながら白ネズミの頭を指で優しく撫でた。
このまま何日か過ごせば本当に治るんじゃないか。
不思議だ。迷路はあんなに時間がかかったていたのにあっという間に解ける。
まるで小学生の足し算みたいだ。
活字に触れるのもいいと医者は今日、私に言った。
読んでいる途中で何があったか忘れることがない。
こんなに読書とは楽しいものだったのか。
ああ、病院の時間だ。
今日は診察だけだから手ぶらで行こう。
「さて、病状はどうでしょう。」
「すごいですよ、あの薬。たった5錠しか飲んでないのに完全に復帰し始めてます。」
「それは良かったです。認知症の間に忘れたことは思い出せそうにないですか。」
「そうですね。言われればぼんやり、ってくらいで。」
「わかりました。今の状態を報告書にして提出しますね。」
「ありがとうございます。…ひとつ聞いてもらってもいいですか?」
「?どうしたんです。」
「少し前、なんだか頭に変な感覚があるって話しましたよね。」
「えぇ。恐らく副作用だと思われますが。」
「…そうですよね。何でもないです。」
ここしばらくあの不快感は日に日に強くなっている。
…というよりも薬を飲むたびに強くなっている気がする。
それからまた5日。
脳は完全に戻ったといえるらしい。
けれどこの日、初めて身体に影響が出た。
ぐらんぐらんと眼球が転がるように視点が移り変わる。
「危険」
その言葉がまたよぎった。
「君は今から死ぬ」、そう言われても納得するほどの異常が私を襲う。
嫌だ。何があってもあいつ最期を見届けるんだ。
でも気づいてしまった。
私の願いが「治るように」ではなく「こいつが私より先に死にますように」へと変わっていることに。
愛ゆえにそれを認めたくなかった。
「あいつより自分が大切」と心の底で思っていることを認めたくなかった。
私は何を求めているのだろうか。誰か教えてくれ。
家に変えると籠のなかの白ネズミが横たわっていた。
汗が滲むのが自分でわかった。
息も荒くなって目眩が私を揺らすように襲う。
もうすぐこいつが死ぬのはわかってた。
水面で溺れかけるような呼吸、撫でた時の体温が嫌というほど悟らせたんだ。
今はその呼吸も体温もどこかに行ってしまっているようだ。
私はあいつの亡骸をそっと持ち上げて抱き寄せた。
見送る願いは叶ったはずなのに何処かずっと悲しかった。
私は今、初めて一人になった。
今朝は異様に身体が重かった。
昨日がショッキングだったからだろう。
今日は何もしたくない。
朝起きるとい和感があった。
数日ぶりの感覚。
これは何かを忘れている感覚だ。
あ。
ぱたりと床に倒れ込む。
救きゅうに電話をかけるため、はいつくばって受わ器へ向かった。
住所、症状は伝えた。
…と思う。
声に出ていなかったかもしれない。
それは「忘れてしまった」。
やがて私の意識は完全に途切れた。
目が覚めるとそこは病院だった。
深呼吸をして、
「助かった。」と声を出した。
と思っていたが、声は出ていない。
しばらく口をパクパクすると深こくさが分かった。
すると見覚えのある医者がこちらに向かってくる。
「大丈夫ですか。聞こえますか。」
声が出ない。
「大丈夫ですか。」
頷くしかない。
「落ち着いて聞いてください。薬は失敗だったんです。」
思いの外、私は落ち着いていた。
正直前から薄々悟っていたのかもしれない。
「脳の容りょうを無理矢理大きくしたため退化時、入っていた知識が脳に大きく負かをかけ、とても速い速度でさらに退化が加速しています。言うならば満タンに水の入ったのコップがちぢんでいってる状態です。」
手は動くことを知らせるためグーとパーの動作を医者に向けた。
彼はペンを急いで持ってくると私にわたして話を始める。
「家に他に人はいませんか。」
[はい]
これを書く時、白ネズミを思い出した。だがもういないんだ。
せん明に記憶にのこっていた。
こんなこと覚えていたくないのに。
「申し上げにくいんですが…。もうあなたは持って数日と言ったところです。」
[大丈夫です。ここまでありがとうございました。]
「…。私が薬の話をしてしまったからですよね。」
[いえ、逆にありがたいです。したいことはできましたから。]
そう書き終わった時に医者の目に涙が溜まっているのがわかった。
今日はからだがうまく動かなくなった。
手がふるえるし、かん字もおもいだせない
この辺で日記はおわりにしたいとおもう。
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残酷にも退化は進む。
「恐らく今日で、意思疎通は最後になると思います。」
医者は涙を堪えながら震える声で告げた。
[いままでありがとうございました。]
何度も対話に使い続けたペンはかすれ始めていた。
「最後に、何かあれば。」
しばらく空白の時間が流れる。
その瞬間に走馬灯が私を駆け抜けた。
遠い昔の冬。
可愛らしい白ネズミが家の裏で怪我をして倒れていた。
可哀想に。そう思って、まだ温かかった部屋にあいつを入れてやった。
手当しているうちにあいつは私になついたんだ。
「どうせ飼うんなら名前がねえとな。」
考える仕草をして、目線を上にやるとある本が目に入った。
ああ、私が大好きだった本。
「よし、お前も白いしアルジャーノンだ!」
ふふっ。
名前なんてつけてたんだなぁ。
なんだか愉快になってきた。
[どーかついでがあったらうわにわのアルジャーノンのおはかに花束をそなえてください]
大好きなあの小説の最後の一節。
しっかりと覚えていた。
医者がキョトンとした表情をすると微笑を浮かべた。
彼はあの小説を知っている、そんな顔だった。
彼は私の日記を見ているから私がネズミを飼ってたことを知っているだろう。
ああ、空が綺麗だ。
もうすぐそちらに行くことになる。
そうすればまた、一緒だ。
オマージュ先 ダニエル・キイス「アルジャーノンに花束を」
コメント
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『アルジャーノンに花束を』 わたしは読んだことはありませんでしたが、タイトルとあらすじは知っていました。 文章の誤字が多くて「あれ?」と思いましたが、読み進めるうちに、主人公がどんどん弱っていく様子を表現しているのだと気づきました。とても切ない読書時間でした。
ああ、もう、最初から最後までずっと胸が締め付けられるようなお話でしたね…。 「アルジャーノンに花束を」のオマージュだと気づいた瞬間、涙が止まりませんでした。主人公が白ネズミに「アルジャーノン」って名付けてたシーン、本当にぐっときました。医者の「患者を見♡♡♡にする方がイカれてる」って言葉も重かったです。 記憶が抜け落ちていく感覚、それでも「あいつの最期を見届けたい」と足掻く姿が切なくて切なくて。最後の「また一緒だ」という一文に、静かな救いを感じました。素敵な作品をありがとうございます🌷