テラーノベル
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『全角度対応座面搭載圧縮素材、九割ウレタン使用』に深く腰掛け、東雲弦は受話器を手に取る。おそらくはその一割部分と思われる何かが、ぐしゃーっと潰れながら空気を外へ出す音がした。
「ああ、社長さん。……はい。一○○万円ですか」
迷うようにため息をこぼす。少し天井を眺めると、考える時間をもらって、受話器を肩との間で挟めた。空いた両手はそれぞれ、コーヒーを飲むのと、つむじを掻くのに使われた。
台所に置かれた大学サークル時代の写真眺める。自身と晃一と、そして美蘭。彼女はほんの僅かにニヤつくと口を開いた。
「――――」
並ぶ古本と差し込む陽光。二人はマスターのコーヒーを込みながら息をつく。
「結局ここに戻ってきちゃいましたね」
「ねー」
冬馬君は息を吹きかけ、まだ少し熱そうにそれを口にした。
「それにしても、何でマスターのコーヒーは、こんなにおいしいんですかね」
マスターは一度本を閉じ、似合わない笑みを作った。
「『腕前の違いかな』じゃないんですよ」
「すごい、なんて言いたいのかわかるんですか!?」
「まあ、そこそこお世話になってるからそれくらい……」
「すごいです!!」
彼はまぶしいほど輝かしい瞳を向ける。決っして褒められたことでも、その輝きでもなかった。冬馬君という存在自体が異様に恥ずかしく、私は目線を外しながら、ちょっぴり誇らしげにする。
一瞬、だが確かに窓の外に、この季節にあるはずのない桜の花びらを目にした。
「で。本当はどうしてなんですか」
私は照れ隠しも兼ねて、マスターに問いただした。
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