テラーノベル
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応接間は、久しぶりに使われるようだった。
重たいカーテンが引かれ、外の光は柔らかく遮られている。
長机の周囲に、限られた人数だけが集められた。
主人。
探偵。
執事長。
そして、数名の執事。
僕も、その一人として壁際に立っていた。
探偵は椅子に腰掛けると、しばらく黙って資料に目を落としていた。
紙の擦れる音だけが、やけに大きく聞こえる。
やがて、顔を上げる。
「では、整理から始めます」
低く、落ち着いた声だった。
「まず、この屋敷で“事故”として処理されてきた出来事について」
探偵は、指で紙を軽く叩いた。
「共通点は、三つあります」
一つ。
二つ。
三つ。
数え上げる仕草が、妙に冷静だ。
「一つ目。
すべてが、消灯後の時間帯に起きている」
誰も口を挟まない。
「二つ目。
場所は必ず、灯りの届かない、もしくは制限された区画」
使用人廊下。
古い通路。
夜間立ち入りを控える場所。
自然と、頭の中に浮かぶ。
「三つ目。
発見は、必ず翌朝以降。
つまり、“夜の出来事”は、朝まで持ち越されない」
探偵は、そこで一度言葉を切った。
「——まるで、そう決められているかのように」
主人は、何も言わない。
ただ、杖に両手を添え、探偵を見ている。
探偵は続けた。
「次に、今回の事件です」
紙を一枚、めくる。
「被害者は、執事。
消灯後、自室から出た形跡あり。
灯りのない廊下で、首に致命傷」
事故ではない。
そう断定してもいい状況だ。
「にもかかわらず、最初の処理は“事故”だった」
探偵は、わずかに肩をすくめた。
それ自体は、この屋敷では珍しくない」
皮肉とも、事実の確認とも取れる口調。
「重要なのは、なぜ彼が、その場所にいたのか」
探偵の視線が、執事長へ向く。
「消灯後は、原則として部屋から出ない。
これは、全員が知っている規則ですね」
執事長は、静かに頷いた。
「では、例外は?」
探偵が問いかける。
「消灯後に、正当に廊下を歩く人間は誰ですか」
一瞬の沈黙。
「……消灯担当です」
誰かが答えた。
「ええ」
探偵は頷く。
「ですが、今回の被害者は、その担当ではなかった」
資料から、目を上げる。
「つまり、規則を破ったか、破らざるを得なかった」
その言葉が、部屋に落ちる。
「ここで、過去の“事故”に戻ります」
探偵は、少し声を落とした。
「過去の被害者も、多くが
“その時間、そこにいる理由が曖昧”だった」
理由がない。
あるいは、後から作られた理由。
「確認のため」
「たまたま」
「規則は絶対ではない」
探偵は、首を横に振る。
「ですが、規則が絶対でないなら、なぜ皆、あそこまで守る?」
誰も答えない。
「怖いからです」
探偵は、淡々と言った。
「理由は知らなくても、
破った先に“何かがある”と、体が知っている」
一瞬、
夜の廊下を歩く背中が、脳裏をよぎった。
——彼は、迷っていなかった。
探偵は、主人の方へ視線を移す。
「私は、超自然的なものを証明するつもりはありません」
「霊の存在も、前提にはしない」
主人は、静かに聞いている。
「ただし」
探偵は、指を一本立てた。
「人が“そう振る舞うように仕向けられている構造”は、存在する」
屋敷。
規則。
沈黙。
朝になれば、すべてが整えられる流れ。
「今回の事件は」
「突発的な殺人ではありません」
探偵は、はっきりと言った。
「この屋敷で、長い時間をかけて作られた“やり方”の延長線上にある」
その言葉に、
主人の指が、わずかに動いた。
杖を握り直したのか。
それとも——
「次に調べるべきは」
探偵は、資料を閉じる。
「誰が犯人かではなく」
「誰が、この“夜の仕組み”を最も自然に使えるか」
その瞬間、
背中に、冷たいものが走った。
自然に使える。
考える前に、体が動くような人間。
探偵は、最後にこう言った。
「私は、今回の事件の犯人が誰か、すでに分かっています」
視線が、部屋をゆっくりと一周する。
誰も、動けなかった。
次に疑われるのが誰か。
それは、まだ名指しされていない。
だが、
“夜の中を、ためらいなく歩ける存在”が
この屋敷にいることだけは、
全員が、薄々気づいていた
探偵は、全員を見渡したあと、静かに口を開いた。
「——まず、はっきりさせておきます」
その声は、先ほどまでよりも一段落ち着いていた。
「今回、この屋敷で続いていた“連続した事件”について」
一拍置く。
「その犯人は、この館の家主」
「北島 龍也、あなたです」
視線が、主人に向けられる。
「夜に灯りを消し、行動を制限し、恐怖を日常に溶かす」
「その構造を作り、維持してきたのは、あなた以外にいない」
主人は、黙ったまま探偵を見返している。
「赤い花への異常な執着」
「保存され、増え続ける“赤”」
「事故として処理される死」
探偵は、淡々と続けた。
「これらはすべて、あなたの管理下で起きている」
「この屋敷そのものが、あなたの思想と美意識で出来ている」
「今回までの連続殺人」
「それは、あなたの偏った思想による歪んだ美意識の現れですね」
主人は、ふっと小さく息を吐いた。
「……なるほど」
否定はしない。
だが、どこか余裕が残っている。
探偵は、そこで一度話を切った。
「しかし」
その一言で、空気が変わる。
「すべての死が、あなたの手によるものかと言われれば」
「——答えは、違います」
執事たちの間に、ざわめきが走る。
花音の胸が、強く鳴った。
探偵は、ゆっくりと花音を見る。
「朝倉 花蓮」
名前が、はっきりと呼ばれた。
「数年前、この屋敷で亡くなった執事」
「——あなたの、兄ですね」
花音は、何も言えなかった。
だが、否定もしなかった。
「彼の死は、公式には“事故”」
「ですが、その位置づけは、少し違う」
探偵は、主人から視線を外し、花音へ向けたまま言う。
「彼の死は、この連続殺人の一部ではありません」
一瞬、誰も意味を理解できなかった。
「……どういうことだ」
誰かが、低く呟く。
探偵は、言葉を選びながら続ける。
「北島は、この屋敷で“夜の構造”を作った」
「しかし——」
「朝倉花蓮の死は」
「その構造が“完成する前”に起きている」
完成する前。
「つまり、彼は“最初の犠牲者”ではない」
「正確には——」
探偵は、はっきりと言った。
「この屋敷で、人を殺すという行為を
“最初に実行した人物”は、別にいる」
空気が、凍りついた。
主人の指が、杖の上で、わずかに動く。
探偵は、主人を一瞥する。
「あなたは、あの死を“利用した”」
「事故として処理し、屋敷に沈黙を根付かせた」
「だが——」
「実際に、朝倉花蓮を殺したのは、あなたではない」
花音の喉が、ひくりと鳴った。
「……じゃあ」
声にならない声が、こぼれる。
探偵は、静かに言う。
「あなたの兄を殺した人物は」
「この屋敷の中にいた」
そして、こう付け加えた。
「しかも」
「“夜を歩く役割”を、最も自然に果たせる人間です」
その言葉が、応接間に重く沈む。
探偵は、少しだけ視線を伏せた。
「第一の結論として」
探偵は、はっきりと言った。
「連続殺人の犯人は、北島龍也」
「——これは、揺るぎません」
「しかし、朝倉花蓮を殺した人物は、まだこの屋敷にいる」
その言葉で、
“解決したはずの事件”に、
再び影が落ちた。
誰もが理解した。
これは、終わりではない。
そして——
本当に恐ろしい存在は、
まだ名前を呼ばれていない。
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