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どうして僕は、あんな風に、当たり前のように抱きつくことができないんだろう。
放課後になると、さらにモヤモヤとした気持ちが募ってきた。
このままでは自分も岬くんにも良くないと感じ始める。
意を決してスマホを取り出し、メッセージアプリを開いた。
少し迷った末に、震える指で文字を打ち込む。
『話したいことがあるんだけど、今日時間ある?』
送信ボタンを押そうとするが、指が止まる。
(ただの大学の友達かもしれないし……こんなこといちいちら聞いたら、重いかな、僕)
そんな自問自答を繰り返しているとき
突然スマホ画面が震えた。
一瞬ビックリして画面を見ると、岬くんからの通知だった。
【何?話って?】
驚きと共に、いつの間にか手が滑って送信してしまっていたのだと知り、慌てて言い訳を考えた。
(どうしよう、どうしよう)
しかし、本当のことを言う勇気もなく、僕はまた逃げる道を選んでしまった。
【ごめん!送信する相手間違えただけだから気にしないで】
送信ボタンを押した瞬間
自分でも情けなくなるくらいバカげていると思った。
しかし、このまま真実を探ることへの恐怖から逃げてしまったことに変わりはない。
このままでいいはずがないのはわかっているが
それでもまた一歩踏み出す勇気が、どうしても湧いてこなかった。
◆◇◆◇
そんな翌週の土曜日
僕は岬くんのアパートの前に立っていた。
見慣れたアパート、見慣れた扉。
普段なら何も考えずにチャイムを押せるのに、今日はなぜか手が震える。
昨日までの葛藤が、まだ僕の心に尾を引いているのだろうか。
深呼吸をしてからチャイムを押した。
すぐに扉が開き、Tシャツにジーンズというラフな格好の岬くんが現れた。
彼の笑顔が眩しくて、一瞬、心が軽くなる。
「いらっしゃ~い、待ってたよ」
「お、お邪魔します」
部屋に入ると、いつもの岬くんの匂いがした。
僕の心臓はどきりと跳ね、安心感と同時に
この穏やかな時間がいつか終わってしまうんじゃないかという切なさが押し寄せてくる。
岬くんが僕の隣にいる。
それだけで、本当は幸せなはずなのに、なぜか心がざわざわして落ち着かない。
二人並んでソファに座り、コントローラーを握っていても、僕の意識はまるで上の空だった。
画面の中ではキャラクターが敵を倒す効果音が鳴り響いているけれど、僕の意識は隣に座る岬くんの横顔にくぎ付けになっている。
こんなに近くにいるのに、この距離がすごく遠く感じる。
そう思うと、胸の奥がぎゅっと締め付けられた。
そんな僕の様子に気づいたみたいで、岬くんがゲームの手を止めた。
僕の方を向いて、少し心配そうな顔をする。
「朝陽くん、さっきからどした?」
優しい声が、痛いほど僕の胸に響いた。
こんな風に心配される資格なんて、僕にはないのに。
僕はぷいっと顔をそむけ、コントローラーを床に置いた。
膝を抱えて体育座りになり、ソファにあったクッションをぎゅっと抱きしめる。
「な、なんでもない」
嘘だ。本当は、なんでもないわけじゃない。
でも、そう言うしかできなかった。
岬くんは、少し困ったような顔で僕の隣に座り直す。
「ねぇ、なんか怒ってる?」
怒ってなんていない。
ただ、この気持ちをどうしたらいいのか分からなくて、どうしようもなく切ないだけだ。
言葉にしたら、全部壊れてしまうような気がして。
僕はクッションに顔を埋めるようにして、小さな声で答える。
「お、怒ってないよ」
岬くんは、僕の頭にぽんと手を乗せた。
その大きな手が、僕を包み込むみたいに温かくて、僕はさらに顔をクッションに押し付けた。
「でも…なんか俺嫌なことした?朝陽くんの気に障るようなこととか」
「……お、怒ってないよ。本当に」
僕は慌てて否定した。
まるで自分の声ではないみたいに、上ずった情けない声だった。
たったそれだけの言葉なのに、声の端が微かに震えてるのが自分でもわかる。
まるで、バレるな、バレるなと僕自身に言い聞かせているようだった。
リビングに広がる静寂が、とてつもなく重い。
ソファーに腰掛けていた岬くんは、僕の正面のローテーブルを挟んで、じっとこちらを見つめている。
その眼差しはいつもの穏やかな優しさをたたえているけれど
今はそれが、僕の嘘を見透かしているかのように感じられて怖かった。
僕はたまらなくなって、思わず膝小僧に視線を落とした。
自分の指先をぎゅっと握りしめて、震えを隠す。
何か言わなきゃ、何か……。
「本当に?」
彼の声が、いつもの軽やかさから、ほんの少しだけ低くなった。
その一言が、僕の心臓を鷲掴みにしたみたいにギュッと締め付ける。
「……うん、ちょっとゲームの操作ミスっただけ」
嘘だ
こんなつまらない言い訳しかできない自分が情けなかった。
さっきまでテレビ画面に映っていたゲームなんて、ほとんど見ていなかった。
ただひたすらに、あの光景が脳裏に焼き付いて離れなかったから。
岬くんがふぅっと静かに息を吐いた。
その音だけで、どうしようもないほど緊張が走る。
「そっか、ならいいけど」