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誰かの感情を、今日も売る

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誰かの感情を、今日も売る

1 - 第1話 まだ触れたことのない感情

♥

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2025年05月03日

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静かだった。蛍光灯の光が、棚に並んだガラスカプセルを白く照らしている。

その中には、売られた“感情”が詰まっていた。


喜び、悲しみ、恋心、怒り。

名前も顔も知らない誰かの「心のかけら」が、ラベルを貼られて並べられている。


受付カウンターの奥、少年がひとり、データ整理をしていた。

制服のネクタイをゆるめて、無表情なまま画面をスクロールしていく。

無駄のない指の動き。心を殺すような手つき。


そんな空気を、かすかな音が破った。


――カラン。


小さなドアベルが鳴って、女の子がひとり入ってきた。


「…もう受付終わってるけど」


少年がちら、と顔を上げた。


女の子は制服のまま、肩で息をしていた。

目の下にクマ。髪も少し乱れてる。だけど瞳だけは、やたらと澄んでいた。


「今日、どうしても来たかったんです」

「理由は?」

「命日だから」

「誰の?」

「わたしの、初恋の」


少年の手が止まる。彼女の言葉が、空気にひっかかる。


「名前は?」

「藤谷 澪。二ヶ月前にも来ました」

「…“恋愛感情 微量”を購入、か」

「うん。でもダメだった。

誰かの“恋”をもらっても、わたしの心は動かなかった」


澪はポケットから、封筒を取り出す。

札束と、申し込み用紙。

そこには、まっすぐな字で書いてあった。


購入希望:あなたの“初恋”


「ルール違反だよ」

「知ってる。

でも、あなたの初恋なら…

もしかしたら、わたしにも響く気がした」


「どうして?」

「あなた、感情を持ってないように見えるのに、

どこか、すごく“苦しそう”だから」


沈黙。

長い沈黙。


少年は、ほんのすこしだけ目を伏せた。

声は、さっきよりも静かだった。


「“初恋”っていうのは、売ったら終わるものなんだよ。

もう、二度と手に入らない」


「それでもいい。わたしはまだ“恋”を知らないから。

ねえ――

その気持ち、わたしに分けて」


受付のカウンター越しに、澪の指先がすこし伸びた。

触れない距離で止まったまま。


少年は、ゆっくりとカプセル棚の方を見た。

そこには、自分の“何もない”が整然と並んでいた。


「……考えさせて」


「待ってる」


時計の針は、夜の9時32分を指していた。

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