自分でもかなりヤバい自覚はある。
この五日、毎日あきらから貰ったマフラーをして仕事に行き、帰って来てもそれをボーッと見つめてみたり、くれた時のあきらの照れ臭そうな表情や、僅かに触れた唇の感触を思い出してはニヤニヤしている。
立派に、変態の域だ。
『素敵な色のマフラーですね』と、褒めてくれたのは、同じ課の平山さん。
一時、俺に気がある素振りを見せたことがあったが、会話の中で好きな女がいることを伝えたら、あっさり千堂課長に乗り換えてくれた。まぁ、結果的にはそっちも空振ったが。
最近、彼女が恋人から貰った指輪を見せていたから、結婚が近いのかもしれない。それなりに仕事が出来る部下だから、少し残念だ。
その平山さんが言っていた。
『彼女からのプレゼントですか? 女性が男性にマフラーやネクタイを贈るのは、独占欲の表れなんですよ? 男性が女性にネックレスやブレスレットを贈るのと同じで』
男性が女性に贈るネックレスには、首輪、ブレスレットには、手錠、の意味があることは知っている。
『首輪、みたいな?』
『そうそう! 因みに、私はネクタイをプレゼントするんです。マフラーは冬限定だけど、ネクタイは年中してもらえるから』
『独占欲、強いんだ』
『普通ですよ』
そんな会話をしたもんだから、余計に顔がニヤケてしまう。
あきらはその意味を知っていてプレゼントしてくれたのだろうか。
そうだと、いい。
少なくとも、俺はそういうつもりでネックレスをプレゼントしたから。
『Akira.T』の刻印は、そのまま『谷あきら』を意味する。
ずっと隠してきた独占欲を素直に表現すると、そうなった。
つけては……くれないだろうけど。
俺は深いため息をつき、低い天井を見上げた。
恋人からは、何を貰ったんだろうな……。
ぼんやりとスマホを見る。
二日酔い、とまではいかないが、昨夜の仕事納めの飲み会では飲み過ぎた。
今日から正月休み。
あきら、どうしてんだろ……。
『おはよう。今日から休みだろ? 実家に帰るのか?』
引っ越し先を知らない今、俺があきらと繋がれるのは、スマホの中だけ。
十分待ち、次のメッセージを送ろうとして、もう少し待ってみる。
十五分、二十分経っても既読にならない。
しびれを切らして、次のメッセージを送る。
『おーい! まだ寝てる?』
既読はにならない。
段々、心配になってくる。
あきらの職場もカレンダー通りの勤務のはずだから、今日から休みなのはまず間違いない。
まだ寝ているのか、起きているがスマホを手元に置いていないのか。
飲み過ぎて寝込んでる……とか、風邪ひいて寝込んでる……とか?
メッセージでは埒が明かないから、電話してみようかとあきらの番号を表示し、ハッとした。
彼氏といる……とか?
だったら、俺からのメッセに返信なんて出来るはずがない。
そんなことをぐるぐると考えていると、手の中のスマホが震え、歌いだした。
大和さんからの着信。
期待を胸に、勢いよくスマホを耳に当てる。
「もしもし!」
『あ、龍也? お前、今何してる?』
どうやら期待外れのようだ。
テンションが一瞬で下がる。
「……部屋でゴロゴロしてますけど」
『午後からも?』
「予定、ないんで」
『じゃ、出かける準備して連絡を待て』
わけがわからない。
腹が鳴り、時計を見ると十二時を過ぎていた。一時間近くもうだうだと考えていた。
「飲みですか? それなら――」
『あきら会わせてやるよ』
「えっ!?」
『あきら、今さなえの実家にいるんだよ。俺も今から行くから、あきらが帰る時連絡してやるよ。地下鉄の駅で待ってりゃ、会えるだろ』
「マジで?」
『マジで。地下鉄T線のH駅までどれくらいで来れる?』
「三……四十分?」
着替えて駅まで走り、スムーズに乗り換えてもそのくらいはかかるはず。
『これから昼飯だから、一時間は大丈夫だ』
「すぐっ! 行きます!」と言いながら、俺はクローゼットを開けていた。
クククッと大和さんの笑い声。
『必死過ぎだろ』
「必死にもなりますよ!」
『駅まで俺が送るから、家を出る時にメッセ入れる。それから十分てとこだ。改札は一つだから、会えるだろ。引っ越し先は自分で聞け』
「はい。ありがとうございます!」
『さなえ、お前にも会いたがってるから、そのうち顔見せろよ』
「わかりました」
持つべきものは、頼りになる先輩だ。
一昨日、大和さんから、その後あきらとはどうなったと電話がきた。俺は正直に、クリスマスプレゼントは渡せたが、引っ越し先は聞けなかったと伝えた。
で、このお膳立てだ。
大急ぎでシャワーを浴びて、着替え、猛ダッシュで駅に向かった。
十二月の札幌は昼間でもマイナス気温が普通。
今日は天気こそいいが、吐く息は白いし、乾かし方が足りない髪がパリッとするくらいには寒い。
それでも、平気だった。
あきらがくれたマフラーが首を暖めてくれているから。
それに、明日熱を出すのならそれでもいい。
数十分後にあきらに会えれば、それで良かった。
目的地に到着した俺は、駅を出て時間を潰せる場所がないか見回したが、コンビニとスーパーがあるだけだった。仕方なくスーパーに入る。店内を見て回り、目についたものを手に取る。
白菜、安いな……。
鍋、食いたいな。
一年前なら迷わず買えた。
買って、あきらの家に押しかけて、鍋を作って、一緒に食えた。
が、今はそれが出来ない。
俺は白菜ともやし一袋を交換した。インスタントラーメン五食パックと、メンマ、温かい缶コーヒーを一本持ってレジに行く。
駅に戻り、改札脇のベンチに座って缶を開けた。
ホント、必死過ぎだろ……。
飲み終わる頃、待ち焦がれた知らせが届いた。缶を捨て、そわそわしながら待ち人の姿を探す。
見逃すはずがない。
きっと、俯いて目を閉じていても、気づくと思う。
それでも、探さずにはいられなかった。
どんな風に声をかけよう。
改札でバッタリ、ホームでバッタリ。
だが、考えているうちにバッタリ会ってしまった。正確には、駅構内に入って来たあきらと思いっきり目が合ってしまった。
で、待ってましたと言わんばかりに立ち上がってしまった。
コメント
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既読はにならなかった→既読にはならなかった ですかね