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ゆうき あきや
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#心理描写重視
第24話:村の人々からの恩返し
翌朝。
小鳥のさえずりと、裏山の木々が風に揺れる心地よい音で目を覚ます。
「……ん、よく寝た」
布団から身を起こし、大きく伸びをした。
隣では、昨日の『温泉湧かせ事件』の主犯格であるシロが、俺の布団の半分を占領してヘソ天で熟睡している。
昨日、あのエメラルドグリーンのお湯に浸かったせいか、シロの純白の毛並みはいつも以上に発光しており、まるで高級な真珠の塊が転がっているようだ。触れなくても、漂ってくる空気だけでマイナスイオンが致死量に達しそうである。
「さて、顔でも洗うか」
俺は立ち上がり、日課となっている朝の空気を吸い込むために、縁側の引き戸をガラリと開けた。
「…………ん?」
俺の動きが、完全にフリーズした。
朝日の差し込む縁側の床板が、見えなくなっていたからだ。
「……なんだこれ」
縁側の上に、文字通り『山』ができていた。
泥のついた立派な大根、顔より大きい白菜、採れたてのトマトが山盛りになったカゴ。さらに、発泡スチロールの箱には氷と一緒に丸々と太った立派な鮭が丸ごと一匹。
それだけではない。風呂敷に包まれたお重や、大小さまざまなタッパーが十個以上も綺麗に並べられており、中からは出汁の効いた煮物や、甘辛い生姜焼きの匂いが漂ってきている。
その山の頂上に、一枚の半紙が置かれていた。筆ペンで達筆な文字が書かれている。
『東京から来た若者と、白き神獣様へ。
昨日は枯れ湯を復活させてくださり、本当にありがとう。お陰様で、十年悩まされた膝の痛みが嘘のように消え、今朝はスキップで畑仕事ができました。これは村の衆からの、ささやかなお礼です。どうかお納めくだされ。 ――村長および老人会一同』
「…………」
俺はそっと、縁側の戸を閉めた。
そして、深呼吸を一つして、再び戸を開けた。
やっぱり、野菜と魚とお惣菜の山はそこにあった。
「……スキップで畑仕事って、おじいちゃんいくつだよ。いや、あのお湯の効能ならあり得るのか……?」
俺がこめかみを揉んでいると、庭の向こうから「お兄さーーん!」という元気な声と共に、小春ちゃんが走ってきた。
「おはようございます! あ、やっぱり村の人たち、ここにお供え物置いていきましたね!」
「お供え物って言うな。……これ、全部村の人たちからなのか?」
小春ちゃんは、うんうんと力強く頷いた。
「はい! 昨日の配信の後、村内放送……じゃなくて、村の老人たちの独自のネットワーク(井戸端会議)で、『裏山の野湯が復活したらしい』って一瞬で広まったんです。それで、夕方におじいちゃんやおばあちゃんたちがこぞって入りに行ったらしくて」
「……で、全員の関節痛やら腰痛やらが、一瞬で完治したと」
「そうです! うちのおばあちゃんなんて、昨日の夜、嬉しすぎて庭で反復横跳びしてましたからね!」
反復横跳びする八十代。
シロの作り出した万能の泉は、この限界集落の平均身体年齢を、一気に半世紀ほど若返らせてしまったらしい。
「それに、シロちゃんが足を入れた瞬間に温泉がドバァッ!って湧き出た映像も、村の若い人たちがスマホでお年寄りに見せたみたいで。もう村中が、シロちゃんのことを『お稲荷様』か『白虎の化身』みたいに崇めてるんです!」
小春ちゃんが言い終わるのと同時に。
『……ミャウ?(ご飯の匂いがするわね?)』
縁側の奥から、匂いにつられたシロがトコトコと歩いてきた。
そして、自分の何十倍もある野菜と鮭の山を見上げ、満足そうにフンッと鼻を鳴らした。
「すごいですね……! ドバイの石油王さんからの貢ぎ物も凄かったですけど、この村の皆さんの手作り感、あったかくて最高です。お兄さん、これ、開封枠で配信しましょうよ!」
「そうだな。お礼も言いたいし」
俺たちは早速スマホを三脚にセットし、【日常チャンネル:朝のお裾分け配信】をスタートさせた。
すると、朝っぱら(しかも平日)だというのに、瞬く間に30万人の同接が集まった。海外の視聴者との時差の関係もあるが、それにしても恐ろしい忠誠度だ。
「――はい、というわけで、おはようございます。今日は村の皆さんから、温泉のお礼としてこんなにたくさんの『お裾分け』をいただきました」
俺がカメラを野菜の山とタッパーの群れに向けると、チャット欄が爆発した。
『お供え物キターーー!!!』
『ドバイのペルシャ絨毯に対抗する、日本の村社会の底力ww』
『鮭丸ごと一本は草。ヒグマへのあてつけかww』
『タッパーの数エグい! 田舎のばあちゃんが本気出した時の量だこれ!』
『(ドバイの石油王からの¥10,000ギフト)=”Beautiful organic vegetables! The love of the villagers is priceless! I lost!“(美しい有機野菜だ! 村人たちの愛はプライスレスだ! 私の負けだ!)』
『石油王が村のばあちゃんたちに敗北宣言してて腹痛いwww』
『50億蹴って、大根と鮭をもらう男。これが真のスローライフよ』
チャット欄の温かいコメントを読み上げながら、小春ちゃんがタッパーの蓋を一つ一つ開けていく。
「わぁ……! これ、佐藤のおばあちゃんの得意料理の、カボチャのそぼろ煮です! こっちは鈴木さんちの肉じゃが、それから、高橋さんちの……これ、熊肉のシチューですよ!?」
「く、熊肉……」
俺はヒグマ土下座事件を思い出し、少しだけ顔を引きつらせたが、シロは全く気にする様子もなく『ミャン!』と鮭と熊肉のタッパーの前で尻尾を振っていた。
「よーし。じゃあ今日の朝ごはんは、この村の皆さんの愛が詰まったお惣菜バイキングにしよう」
俺は台所からどんぶりに炊きたての玄米をよそい、縁側に並べた。
シロの皿には、贅沢に鮭の切り身を焼いてほぐしたものと、熊肉のシチュー(味付けなしで別茹でしたもの)を山盛りにする。
「いただきます!」
「いただきます!」
『ミャム!』
朝の澄んだ空気の中、古民家の縁側で、村の特産品と手作りのお惣菜を口に運ぶ。
一口食べた瞬間、カボチャの優しい甘みと、肉じゃがのホッとする出汁の香りが、口いっぱいに広がった。
「……うまっ。なにこれ、高級料亭の味より落ち着くぞ……」
「ですよね! うちの村のおばあちゃんたち、料理の腕は星三つですから!」
小春ちゃんも、どんぶり飯を幸せそうに頬張っている。
ブラック企業時代、5分で流し込むゼリー飲料だけが俺の朝食だった。
それに比べて、なんという圧倒的な豊かさだろうか。
50億円の現金は手に入らなかったが、俺の目の前には、お金では絶対に買えない『温かいつながり』と、極上のご飯、そして無邪気に鮭を平らげている純白の神獣がいる。
『美味そうすぎる……俺も朝飯ちゃんと食お……』
『最高のスローライフ。見てるだけで胃腸が整う』
『ハリウッドのセレブ飯もいいけど、やっぱり日本の田舎飯が一番やな』
『シロ様、シャケ食べる姿も神々しい。後光が差してる』
世界中から寄せられる30万人の温かいコメントと、シロが発するマイナスイオンに包まれながら、俺は村の野菜の甘みを噛み締めた。
「お兄さん。私、お兄さんとシロちゃんがこの村に来てくれて、本当によかったです」
お味噌汁を飲みながら、小春ちゃんがふと、朝日に照らされた笑顔で言った。
「村のおじいちゃんやおばあちゃんたち、最近すごく元気なんです。温泉が復活したのもあるけど、シロちゃんのことを話す時の皆の顔が、すごく楽しそうで。……村全体が、明るくなったみたい」
「そうか。それはシロの奴が、文字通り『神様』みたいな働きをしてるからな」
俺が足元のシロを撫でると、シロは『ゴロゴロ』と心地よい喉鳴らしで応えてくれた。
「でも、お兄さんの優しさのおかげでもありますよ。石油王さんに、ここを『皆の場所だから』って言って守ってくれたこと、私、絶対に忘れません」
「……やめろ、照れるだろ。あれは単に、俺が税金の手続きをしたくなかっただけだ」
俺がわざとぶっきらぼうに顔を背けると、チャット欄が『出た、照れ隠しww』『限界社畜のツンデレ助かる』と一斉に沸き立った。
北の限界集落。
過疎化が進み、静かに消えていくはずだったこの小さな村は。
今や、一匹の規格外の神猫と、ちょっとワケありの元社畜、そして元気な女子高生によって、世界中から愛され、世界で最も活気と癒やしに満ちた『聖地』へと生まれ変わっていた。
終わらない、そして誰も邪魔することのできない、俺たちだけのストレスフリーな日常。
今日も、縁側には穏やかな風が吹き抜け、世界中のリスナーたちが、この小さな奇跡の連続を温かく見守り続けている。
コメント
1件
第24話、読ませていただきました。 朝、縁側に山のように積まれた野菜やお惣菜、本当に心が温まりました。ブラック企業時代のゼリー飲料だけの朝食を思い出すシーンで、今の豊かさがぐっと際立ちましたね。シロちゃんがすっかり村の神様扱いで、でも本人(本猫)は無邪気に鮭に夢中ってギャップがたまらないです。石油王が「I lost!」ってギフト送るのも、なんかもう世界規模の村の輪ができてて素敵でした。