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ゆうき あきや
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#心理描写重視
第25話:終わらない、世界一幸せな日常
風が、サワサワと裏山の木々を優しく揺らしていく。
初夏の陽光が、縁側の使い込まれた木目をぽかぽかと照らしている。
どこからか聞こえてくる野鳥の長閑な鳴き声。そして、俺の胸の上から響いてくる、規則正しくも力強い、極上のモーター音。
『ゴロゴロ、ゴロゴロ……』
「……ふぁぁ。ほんと、いい天気だな、シロ」
『ミャウ……』
純白の毛並みを持つ規格外の神獣――シロは、俺のお腹の上で完全に液状化し、幸せそうに目を閉じている。俺の撫でる手に合わせて、ふりふりと機嫌よく揺れる尻尾。
シロの体からは、今日も今日とて真珠色の『癒やしのマイナスイオン』が物理的な光の粒子となってフワフワと立ち上り、古民家全体を極上のヒーリングスポットへと変えていた。
「お兄さん、シロちゃん、配信の準備できましたよー!」
縁側の端から、すっかりお馴染みとなった専属カメラマンの小春ちゃんが、三脚にセットしたスマートフォンを微調整しながら元気な声を上げた。
ジンバルの向こう側から覗く彼女の笑顔は、今日の空のようにスッキリと晴れ渡っていて、見ているこちらまで自然と頬が緩んでしまう。
「ありがとう、小春ちゃん。……それじゃあ、今日もいっちょ、ただ昼寝するだけの配信を始めようか」
「はいっ! ポチッとな!」
小春ちゃんの指が、画面の赤い『配信開始』のボタンをタップする。
瞬間。
画面の右下に表示される同接(同時接続者数)のカウンターが、もはや見慣れた、しかし冷静に考えれば完全に狂気的な速度で跳ね上がった。
10万、50万、100万、150万……。
ものの数分で、世界中の200万人以上が、この北の大地の名もなき限界集落の古民家の縁側に一斉にアクセスしてきたのだ。
『待ってたああああああ!!!』
『今日もシロ様が尊い。呼吸してるだけで可愛い』
『主のお腹の上でとろけてる……俺もそのポジション代わりたい』
『Hello from New York!』
『Bonjour!』
『(ドバイの石油王からの¥50,000ギフト)=”Good morning my God! The hot spring water you sent me cured my father’s back pain!“(おはよう我が神! 君が送ってくれた温泉の水で父の腰痛が治ったよ!)』
『(スイスの銀行家からの¥50,000ギフト)=”The luxury cat food factory has been acquired for Shiro!“(シロのために高級キャットフードの工場を買収したぞ!)』
『(ハリウッド女優シャーロットからの$500ギフト)=”Seeing you two makes my heart so warm… Have a good nap!“(二人を見ていると心がとても温かくなるわ……良いお昼寝を!)』
相変わらずスケールがバグり散らかしている海外VIPたちの高額MeTubeギフトと、世界各国の言語で書き込まれる愛に溢れたコメントの滝。
俺は、スマホのカメラレンズに向かって軽く手を振りながら、大きく欠伸をした。
「えー、世界中の皆さん、こんにちは。今日も【日常チャンネル】の時間がやってまいりました。……と言っても、今日は畑仕事もしないし、DIYもしません。裏山の温泉にも行きません。ただ、縁側でシロと昼寝をするだけです」
『それでいい!! それが最高のコンテンツなんだよ!!』
『むしろ何もしないでくれ! 画面越しにマイナスイオンだけ送ってくれ!』
『主の眠そうなイケボ聞いてるだけで、俺の不眠症が治っていく……』
『シロ様と主と小春ちゃんの平和な空間、一生見てられる』
リスナーたちの温かい反応を見ながら、俺はゆっくりと目を閉じた。
思えば、ずいぶんと遠いところまで来たものだ。
ほんの数ヶ月前まで、俺は東京のコンクリートジャングルに作られた牢獄(ブラック企業)の中で、死んだ魚のような目をしてPCのモニターを睨みつけていた。
毎日毎日、理不尽なクレームと上司の怒声に耐え、睡眠時間を極限まで削り、胃薬をフリスクのように囓りながら、「俺の人生、いつ終わるんだろう」と本気で絶望していた。
そこから逃げるようにドロップアウトして、全財産をはたいて買ったこの古い家。
荒れ果てた庭で、行き倒れていた真っ白な毛玉(神獣)を拾い、春風のように明るい、隣の女子高生と出会った。
そこから先の毎日は、まさに常識外れの連続だった。
シロが前足で叩いただけで完成した、奇跡のふかふか魔法畑。
巨大な野生のヒグマが土下座して逃げ帰る、圧倒的な覇王色のオーラ。
炎上目当てのアンチを物理発光で強制浄化し、枯れた野湯を一瞬で『不老不死の万能の泉』に変えてしまった神の御業。
気がつけば、俺の銀行口座には一生遊んで暮らせるほどのとんでもない額のMeTubeギフトが振り込まれ、限界集落だった村の老人たちはスキップするほど健康を取り戻し、世界中のセレブたちが俺たちの生活を熱狂的に支援してくれている。
テレビ局からの取材依頼や、50億円での温泉買収話なんかもあったが、俺は全て「面倒くさい」「シロの昼寝の邪魔になる」という理由で突っぱねてきた。
なぜなら、俺が欲しかったのは、富でも名声でも、世界的な影響力でもなく、ただこの『圧倒的にストレスフリーな日常』だけだったからだ。
『ミャァ……』
胸の上のシロが、寝返りを打って俺の首元に顔をすり寄せてくる。
絹のように滑らかな純白の毛並みから放たれる、究極の癒やし波動。
俺の全身の細胞が歓喜の声を上げてリラックスし、骨の髄まで心地よい温もりに満たされていく。
「……最高だ」
俺の口から、無意識のうちにそんな言葉が漏れていた。
カメラの裏で、小春ちゃんが「ふふっ」と優しく笑う気配がした。
「お兄さん、本当に幸せそうですね」
「ああ。控えめに言って、世界一幸せな自信がある」
「えへへ、私もです。シロちゃんも、お兄さんと一緒にいられて、すっごく幸せそうです」
小春ちゃんの言葉通り、画面の向こう側の世界中にも、この究極の『多幸感』は電波に乗って伝播していた。
――東京の満員電車に揺られながら、スマホでこの配信を見ているサラリーマンが、ふっと肩の力を抜いて涙をこぼした。
『……ああ、尊い。今日会社行ったら、辞表出そう。俺も自分の幸せを探すわ』
――ニューヨークの高層ビルで、株価の暴落に頭を抱えていた投資家が、シロの寝息を聞いて深く安堵の息を吐いた。
『No more stress. I can live another day.(もうストレスはごめんだ。これを見れば、今日も生きられる)』
――病室のベッドで不安な夜を過ごしていた人々が、画面の中で光り輝く白猫を見て、心からの穏やかな笑顔を見せた。
『シロちゃん、かわいい。ありがとう。明日も頑張って生きるね』
言葉は通じなくても、物理的な距離がどれだけ離れていても。
この北の大地のボロボロの古民家の縁側から放たれる『癒やし』は、確実に世界中のすり減った人々の心を救済し、明日を生きるための活力を与え続けていた。
「小春ちゃん」
「はい!」
「今日の夕飯、村の皆さんからもらった大根で、ブリ大根にしようと思うんだけど、どうだ?」
「わぁっ、大賛成です! 私、味の染みたお兄さんのブリ大根、だーい好きです!」
『ミャン!(お魚食べる!)』
「ははっ、じゃあ決定だな。……それまで、もう少しだけ、おやすみ……」
春の陽だまりのような小春ちゃんの笑顔。
神様のように尊い、愛すべき相棒の温もり。
そして、世界中から見守ってくれる温かいリスナーたち。
俺は、これ以上ないほどの安心感と幸福感に包まれながら、ゆっくりと意識を手放し、深い、深い午睡(シエスタ)の底へと沈んでいった。
狂騒と奇跡に満ちた、でもどこまでも平穏な北の大地のスローライフ。
限界社畜が手に入れた『終わらない、世界一幸せな日常』は、明日も明後日も、きっとこの先もずっと、変わることなく続いていく――。
コメント
1件
わあ、第25話、読ませていただきました…! もう、縁側でのんびりするシロちゃんとお兄さんの光景が目に浮かぶようで、読んでいるだけで心がほぐれていくようでした。特に「シロが液状化」って表現、可愛すぎて思わず笑顔になりました。ブラック企業から解放されて手に入れたこの日常、本当に尊いですね。世界中の人が癒やされてるのも納得です。次もゆったりした日常、楽しみにしています🌷